毎日寒いですね。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
資産運用の自動化
2017年02月16日 (木)
 人工知能が人間に勝るといった話題がアチラコチラに出始めているが、資産運用を自動化するシステムが登場してきたので試して見ることにした。ロボットアドバイザーなどと呼ばれてもいるようだが、人間に変わってロボットが投資プランを作り、提案し、運用もしてくれるようである。ある程度本格的なもので、使いやすい物を探したら「ウエルスナビ」と「楽ラップ」が良さそうであった。
 ウエルスナビはアメリカの定番ETFで運用する。これに対し楽ラップは国内の投資信託で運用する。どちらもラップ口座と呼ばれる一括一任契約で、契約した運用方針に従って、自動的に売り買い・リバランス等を行ってくれ、これらに必要な年間手数料が総額の1 %以内で済む。自分でやってもよいのだが、たとえばアメリカのETFを資産運用すると、ドル円の両替やETFの購入手数料と其の手間は馬鹿にならない。運用資産百万円だと手数料1%は一万円だから安くはないのだが、おまかせで考えずに米国内での資産運用ができるのは便利といえる。一方、楽ラップは国内投資信託なので手数料は少々安いが、この程度なら自分で管理したほうが合理的にも感じられる。

 さて、肝心のロボットによる資産運用だが、ウエルスナビの場合、これは大したことは無さそうだ。いままでの定番方針どうりに運用するだけのようである。特別な有望株を見つけたり、今後の景気動向を予測して事前に手を打つようなことは、まだ出来ないようだ。人間の迷いや不安に関係なく、淡々とセオリー通りの運用をするというのが、自動運用のメリットであるように思われる。
 すでに、日米の株価も高いところに来ているし、いつ円高になるとも判らない情勢だから、新規投資を始めるには不向きな時だが、契約してみて、ロボットのお手並みを拝見しよう。(^^ゞ

わっ、ニコンもダメか!
2017年02月14日 (火)
 昨2月13日、ニコンが新しい高級コンデジDLシリーズ3機種の発売中止を発表した。

ニコンDL

この3機種は一年前に発表さ;れカタログも店頭に並び実機にふれた人もいて、6月発売予約受付中だったのだが、4月の熊本地震の後、生産・開発の遅れにより発売延期となっていたものである。私も当時店頭でカタログを見て、そのスペックの素晴らしさに驚嘆したものである。(^o^)わははは…
 だが、この新型カメラはその後音沙汰がなくなり、ついに発売中止となってしまった。天下のニコンが予約まで受け付けている機種を販売断念というのは信じられないことである。
 だが、これは今のコンパクトデジカメの状況からは仕方がないことなのかもしれない。コンパクトデジカメはスマホに食われて市場が縮小し、昨年のニコンは販売台数で前年の6割、利益は半減だったらしい。カメラ各社はコンデジの高級・高価格化で乗り切ろうとしたのだが、ここでニコンは決定的に出遅れ、今や投資利益を見込める社会状態ではなくなったということのようである。

 ラジオ・テレビ・ステレオ・パソコン・家電につづいて、日本のものづくりはカメラもダメになるのかなと、ちょっと悲観的になる。絶好調なのは自動車ぐらいだが、電気自動車・自動運転の時代になり、自家用車の購入が必要なくなる時代はもう目の前である。いま存在しない物を作らないと、これからのメーカーは生きていけないのであろう。そこに働き口を求めなければならない労働者も大変である。(^^ゞ


夢は脳による画像再生らしい
2017年02月11日 (土)
一昨日、目覚める前に瞬間的な夢を見た。目の前に新聞の第一面が出てきて大きな題字が踊っている。それを見ようとしたのだが、文字が読めない。そこで目が覚めた。(^^ゞ頭はスッキリしているので、夢の意味を考えたが、何も判らない。そして考えたのである。

 「夢は画像である。そして脳は画像で記憶を処理している。」

 人間はものを考えるとき言葉を使う。言葉で抽象的な概念を作り関連付けて、論理的に思考にまとめる。覚えるときも単語を記憶しょうとする。しかし夢は論理的ではなくて、見た夢を起きてから記録しょうとすると、言葉に出来ないし、そもそも論理的でない展開をするから、言葉にしようとすると粉々に砕けて消えてしまうのである。それは夢がイメージの再生だからである。
 考えてみれば、人間が言葉を使うようになったのは最近のことで、それ以前から夢は見ていたに違いない。多分他の言葉を持たない生物も、何かしらの夢は見ているのであろう。イメージならそれが可能だ。
 一昨日の夢も、新聞が何かを報じているというイメージであって、報じている中身に意味が無いから、読もうとしても読めなかったのに違いない。(^^ゞ

 そして、夢は人によって随分違うらしい。楽しい夢をフルカラーで見る人や怖い夢をモノクロームで見る人など色々である。私の場合紙芝居形式のようだ。ある画面から次の画面に次々と移ってゆく。この一枚がショートムービーのように動くこともあるが、動いても長くはない。電車が通過したり、二三歩階段を降りたりするだけである。
 この紙芝居のような展開が、後で思い出したりするときに非論理的で理屈がつかなくて、悩むのである。(^o^)わははは…

 しかし、夢が画像だとすると、脳は記憶を画像で処理しているのであろうか。画像だとすれば納得できることも数多い。人の顔は記憶できるのに名前が出てこない事は多い。人生の出来事を思い出すのに写真は最高のヒントになる。妙に鮮明な記憶というものは画像を伴っている。等々。
 記憶術でも、覚えるべきものを一つの空間にビジュアルに配置していくというのが、極めて有効だと言われている。つまり以前も言ったことがある「記憶の芋づる」は画像で保存するのが良いのである。

 専門家というのは、その世界が頭のなかで構築されていて、実世界のように動けるらしい。小説家は書いているうちに登場人物が勝手に動き出して、書く手が追いつかなくなるそうである。天才の「イメージが膨らんでいく」というのはそういう事なのだ。