あけましておめでとうございます。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
Androidでパソコン環境
2017年01月16日 (月) | 編集 |
 百円ショップでMicroUSB変換コードを買って来た。アンドロイドスマホのMicroUSBに普通のUSB機器を繋ぐコードである。早速レノボ・ヨガ2にUSBマウスを繋いで、テストしてみる。タブレットの画面にマウスが現れ、快適に操作できる。Bluetoothのキーボードもつなげて、ほぼパソコン環境となった。なかなか便利。
 しかし、USBホスト機能搭載でないとこの機能は使えないので、古いAndroid4.1時代の私のスマホはだめだった。(^^ゞ

タブレットでPC環境

 しかしこの使用スタイル、私には問題がある。
 日本語のかな入力が使えないのだ。AndroidはOSが日本語かな入力のキーボード機能を持っていないのである。
 だからやむを得ずローマ字入力になるのだが、ついパソコンの感覚で日本語かな入力になってしまう。(^o^)わははは… 画面のタッチキーでは支障なくローマ字入力できているのだが、なまじ物理キーボードだといつもの習慣が出てしまうというわけだ。

 これも国際化(グローバリゼーション)というやつなのであろう、かな入力や親指シフトは日本固有の絶滅危惧種であり、21世紀登場の最新機器では見捨てられている。(ToT)

 しかし、腹が立つのはグローバル化を推し進める連中が、より良いものを標準にするのではなく、一般的であるというだけで、悪いものを正しいとする傾向があることだ。たとえば「日本人はすぐ謝るからいけない」とか言って、対応の変更を迫るが、海外だって友人には、「アイムソーリー」である。良い人間関係を作ろうとすれば、自分から頭を下げるのは国際標準である。日本が島国の中で培ってきた文化は、狭くなった世界では、これから国際標準に成らなければならぬのだ。(^o^)わははは…

 さて、 日本人は日本語は捨てられないし、Androidも「かな入力キーボード」をサポートして欲しいな。世界にはいろいろな言語の人がいるのだし、音声入力の技術に比べたら実に簡単なことだと思うのだ。(^^)/

寒い夜は寝袋睡眠
2017年01月10日 (火) | 編集 |
 年末12月は妙に暖かかった。じっさい我が家の電気料金は11月より12月の方が大分安かった。これは11月が驚異的に寒くて、電気使用量が跳ね上がったせいなのだが、それにしても12月は昨年より随分少ない。
 しかし、年末に来て、例年通りの寒さがやってきて震えあがってしまった。(^^ゞ
寝袋
 暖かくして寝ようと思って、古い電気掛毛布を使ったが、古い毛布なのでとにかく重い。布団の中で体が自由に動かない。先日のテレビで「腰痛は寝返りをできない事が原因」とあったので、これは拙いかもと思った。そこで「なにか軽くて温かい布団はないか。」と考えて、思いついたのが先日虫干しした登山用の寝袋である。
 年末29日に布団の中に寝袋を敷き込んで寝たら、ホカホカで電気要らず、自己熱で快適である。ゆとりのある袋状なので、体を動かしても寒気に触れることがなく、布地がすべすべしていて、寝がえりが楽。
 短期避難のつもりが、ドップリ嵌ってしまった。(^o^)わははは…
 歳を取ると眠りが浅く、ちょっとしたことで目が覚めてしまう。一眠りが90分のサイクルで、目覚めのタイミングがやってくる。この時快適でないと脳が起きてしまうのだ。この季節、寝袋睡眠は思いの外、快適であった。

お薬師さんへ水汲みに
2017年01月03日 (火) | 編集 |
 2日は、珈琲を淹れる水は井戸水に限るということで、新井のお薬師さんの井戸へ水を貰いに行った。本殿前は大行列で、境内は賑わっていたが、水を汲みに来るいつもの地元民はすくないようだった。境内には庭燎が焚かれて御札や達磨が投げ入れられていた。
新井薬師@中野区

 並んでまで初詣する気にはどうもならないので、さっさと水だけ汲んで引き揚げてきたが、こんなにたくさん一時に来られては、神さまだって願を聞いていられまいと思う。(^^ゞ

 さて、そもそも幸運なんて自分には巡ってくるまいと思っているから、私は神に頼る気には成らないようだ。それに人事を尽くしていない自覚がある。(^o^)わははは… だから、心情的に神には頼れないのだ。まずは生活を改めないとと思うのである。(^^ゞ
 しかし不運なら私も神を信じてもいい。天網恢恢疎にして漏らさず。いろいろ経験はある。神さまは私にお目こぼしを下さらないようだ。やはり普通に神を信じて、素直に善行を積んだほうが平安ではあるのだろう。(;´д`) とほほ…

 しかし、このような考えになるのは、神が我々の世界を支配していると考えるから、そうなるのだが、これは社会的に支配者が生まれてから出て来た考え方ではないだろうか。
 元々の日本人の神に対する考え方は、この世に暮らす目に見えない隣人として理解して来たように思う。田の神や山の神がいて、仲良くしていれば人間に協力してくれて豊作になり、対立すれば不作になる。神さまは人間よりムラ気で嫉妬深いから、お祭り等をして御機嫌をとる。(^o^)わははは…日本人の神さまはそんな素朴な神であるような気がする。
 おそらく、階級社会ができて、支配者が神話を取りまとめたり仏教を道入したりして、現在の宗教の体系を作り、神を人間の支配者に祭り上げたのであろう。