暑くなってきましたね。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
名古屋式鉄板ナポリタン@沼津
2016年01月12日 (火) | 編集 |
 沼津の駅前でコーヒーでも飲んで帰ろうと思って、アーケードの商店街に入ったら、「やば珈琲」という店があった。軽食もいろいろあって、ナポリタンの写真が目に入ってきた。名古屋の鉄板ナポリタンである。
 これは、焼き肉の鋳鉄皿で供されるジュウジュウ焼きのナポリタンで、溶き卵を鉄板に流して、裾野を固めているのが特徴である。これは名古屋の名物で、店名の「矢場」というのも名古屋のセンターと言うべき地名である。そして、名古屋の喫茶店と言えばサービスてんこ盛りが有名で、モーニングサービスで朝から満腹という土地柄である。これは珍しいと、この名古屋式鉄板ナポリタンをお願いすることにした。

 店に入ると、カウンターで注文である。おにぎりやパンもいろいろあって、ナポリタンもトッピング違いが6種ぐらいあった。「今月のナポリタン」と書いてあった「チーズ掛け」をお願いする。サイズはS=200g、M=400g、L=600gで500円から100円刻みである。Mサイズの600円(税抜き)にして、席で待つ。(^^ゞ

名古屋式鉄板ナポリタン

 見事なビジュアルである。高さが素晴らしい。もっちり麺がねっとりと絡んでいて、食べ始めには分解に苦労するぐらいである。あちあち・たっぷりで胃袋がやけどしそうである。満足満足。(^o^)わははは…
新潟のイタリアンという食べ物
2015年11月15日 (日) | 編集 |
 新潟県長岡市の駅ビル1階のフードコートで、「イタリアン」と言う食べ物を売っていた。「あった、これこれ」と言う訳で、早速買い込んで帰りの新幹線に持ち込んだ。(^^ゞ
 小判型のお弁当のような独特の容器である。
持ち帰り容器の外観

開けると、ミートソースが掛かっている。
ミートソース・スパゲティのように見える。
中身はミートソース・スパゲティ??

食べ始めると、下から出てくるのはおなじみのソース焼きそば。
もやしとキャベツが入っている。ミートソースは挽肉とコーン入り。
全体的にちょっと薄味かな。しかしミートソースの酸っぱいトロミがソース焼きそばに加わって、おやつとして美味い。(^^ゞ
焼きそばのトマト餡掛けだった。

 お店はフレンドという。客席の無い店頭売りの店で、このイタリアン330円のほかに、ギョーザとソフトクリーム・ドリンク類を売っていた。長岡市内の若者はこれを食べて成長するので、すでに長岡市民のソウルフードなんだそうである。(^o^)わははは…

 それにしても、イタリアンという名前は妙だ。これは焼きそばのミートソース掛けなので、当初「イタリアン焼きそば」だったのが、いわゆる普通の焼きそばがメニューから消えてしまって、イタリアン一本やりで定着してしまったと思われる。
 このメニューは長岡市のフレンドの他に新潟市のみかづきという店が、それぞれの市内で出店展開しているらしいが、この2店以外に広がってはいないので、イタリアンの生息地は極めて狭い範囲に限られている。

 イタリアンは、カレー味のカレーイタリアンやチーズ掛けイタリアンなどに種類を増やし、サイドメニューにハンバーグやポテトを追加する勢いで、増殖中である。カレー味などはインデアンだろうと突っ込みたくなるが、あくまでもこれはイタリアンという食べ物の変種なのである。(^o^)わははは…
ナポリタン@パンチョ秋葉原
2015年09月29日 (火) | 編集 |
 用もないのに、久しぶりに秋葉原へジャンクパーツ漁りに行って、ナポリタンを食べてきた。秋葉原も銀座線末広町駅に近い方は以前は場末も場末で、飲食店など無い所だったのだが、秋葉原が国際的にも名の知れた観光名所になって、電機以外に金を使う人間も増えたのであろう。色々な店が出来ている。
 「スパゲティのパンチョ秋葉原店」はパーツショップが並ぶ一角の地下にある。 階段の途中の曲がりには食品サンプルが置いてあって、同一料金の300g、400g、600gの量が判る。これに加えて、2.3kgの超ドカ盛も参考のため置いてある。折れ曲がった下り階段は、やや秘密基地めいていて、ドアの前には合言葉が必要な雰囲気がある。(^^ゞ しかし、店内は明るく、若者であふれていた。一番奥のカウンター式一人席で400gを注文した。
ナポリタン400g
 出てきたナポリタンは、奇をてらう事のない日本の正統派ナポリタンで、なかなかうまかった。 店内にはあれこれナポリタンの薀蓄が書かれた紙が貼られ、ナポリタンの啓蒙に努めているようだが、私的にはちょっと疑問だと言うところもある。
 というのは、以前書いたようにナポリタンと言うのは、喫茶店で食べるちょっとお洒落な料理だったのである。洋食屋で大盛りを注文すると言うのは、かなり後の時代の事だ。真っ赤っかでジュウジュウ・ベトベトは確かに美味いが、もう少し緑のピーマンなどを目立たせて、オシャレに食いたいものなのである。(^o^)わははは…

 まあ、味噌汁が付いてきて、目の前には粉チーズが米櫃パックの中にどっさり有るというところから見て、店主の意図は70年前後のお茶の水から神保町古書街あたりへのオマージュと見た。これは有りでしょう。(^^ゞ

  ところで、YOUTUBEに2.3kgの実食編が有りました。( ゚Д゚)ふぇ~
鉄板スパゲッティ@丹頂
2014年07月05日 (土) | 編集 |
 木曜日は久しぶりに映画を見た。高田馬場の早稲田松竹は洋画二本立てで、シルバー料金900円である。10:50スタートで、2本見るとすでに、15:00である。すっかり腹を空かせてしまった。(^^ゞ
 映画館から高田馬場へ向かうと、一番近い地下鉄の入口の脇に、「北海道釧路発 ご当地グルメ鉄板スパッゲティ」の店がある。店の名を「たんちょう」と言う。
 いかにも、安くてボリューミーな店なので御入店である。
 メニューはいろいろあるがすべて鉄板焼きスパゲッティのバリエーションである。500円のナポリタン並盛にしてみた。
鉄板焼きナポリタン並盛
 鉄板の上でジュウジュウパチパチと油がはねている。初めに渡された紙エプロン必須であります。(^o^)わははは…
 ボリームは並でも麺300gに、超具だくさん、これは…大盛りでしょう。 さすがは北海道だ。 具はエビにホタテにイカ・アサリ、ハムにピーマン、玉ねぎ・しいたけ、そして、くどいほどのケチャップソース。さらに、大盛は麺400g、特大500gだそうだ。特大なんて、想像するに恐ろしい。(^o^)わははは…
 しかも、この時間(14:00~18:00)は、学生さんは「特大サイズまで500円のサービス価格」なんだそうである。( ゚Д゚)ふぇ~

 お味の方は、まごうことなき日本のスパゲッティである。茹で置きのうどん的な麺をアツアツに炒めてある。イタリアのパスタというのは茹たてを別に仕立てたソースに和えるだけと言う出会いの瞬間の美味さなのだが、それとはまったく違うB級炒め料理ならではの美味さである。ごちそうさまでした。

 さて、この店の看板メニューは「かつミート650円」である。なんでも北海道釧路では、大盛りのスパゲッティにとんかつを載せて、たっぷりのミートソースをかけて食うのが一般的なんだそうだ。胆のうを除去したばかりの私は今日のところは引き下がっておく。改めて体調を整えて、参戦する事にしょう。(^o^)わははは…
トルコライス@二丁目食堂トレド
2014年04月01日 (火) | 編集 |
 今日は花見に外出したので、昼飯は神楽坂でトルコライスを食べた。
 今日食べたトルコライスはこんな料理。

トルコライス@トレド食堂

 一皿にナボリタン・スパゲティとカレーライスとチキンカツを盛りつけている。言わば洋食屋の最強クリーンアップトリオを全部載せにしたワンプレートと言うわけだ。店の説明には「大人のお子様ランチ」とあった。(^o^)わははは・・・

 トルコライスは実は長崎のご当地グルメらしいのだが、ナポリタンと合わせるのは、本当はカレーライスではなくてピラフであり、チキンカツではなくて、トンカツ、そしてデミグラスソースをかけるそうだ。

 長崎では、このB級グルメを全国に売り出すためにトルコ大使館に相談したが、協力を断られてしまった。実は本場のトルコにはそんな料理はないらしい。しかし敢えて言えば、ピラフはトルコの一般的な料理で、明治時代にはトルコ飯と言われていたことがあるようである。とすればカツやスパゲティはピラフの付け合わせが巨大化した物なのか。(^o^)わははは・・・
 しかし、現時点ではトルコライスというのは、ナボリタンとカツと飯の盛り合わせ料理と言っても良いのである。今回のトルコライスでは、ピラフも無くなって、カレーライスになっていた。(^o^)わははは・・・

 このメニューは洋食屋で迷うメニューを一皿で味わえるわけで、アルバイトの金が入った腹を減らした若者が、いつもなら、メニューの中から一品を選んで注文するところで、「今日はプチブル(小資産家)だから全部載せのトルコライス」と決断する我が青春の臭いがする。しかし、実際は決断できないまま肥大化したバブルの時代の不健康な後遺症かも知れないね。(^^ゞ

本場長崎のトルコライスについてはネットにこんな記事があった。
ナポリカツ@マルカンデパート
2014年02月13日 (木) | 編集 |
 さて、先月花巻に行った話はしたが、冬の東北旅行の町歩きは寂しい。人気はないし、寒いし、雪に覆われて見るべき物もかぎられる。最近はどこでも中心街がシャッター通りになってしまっていて、人恋しくなるのである。こういうとき花巻で行くべき所は、そうマルカンデパートである。
 マルカンデパートは市の代表的な百貨店であるが、品揃えは大都市のイトーヨーカドー的な百貨店である。店員の方が多い売り場を奥へ進むと、1階のエスカレーター脇ではゴム長靴を売っている。四階の洋品売り場では、マネキンが地元の中学のセーラー服を着て並んでいる。正規のスカート丈の制服など最近は見たことがないので、つい見とれてしまう。(^o^)わははは・・・ で、エスカレーターは5階までなので、ここからは階段を上がると、6階の大展望食堂だ。
 とたんに風景が変わるのである。
 5階のフロア全部を使った500席はある食堂は人であふれている。
 天井まである両側のショーウインドウは、和洋中のあらゆる食べ物・飲み物のサンプルで埋まっている。しかも、ラーメン315円と安い。
 食券レジの前には行列が出来ている。厨房からは鍋のぶつかる音が響いてくる。お年寄りから子供まで実に嬉しそうに笑顔で集まっている。

 しばらく悩んだ末に、決めてたのはやはりこれだ・・・。



 番号札のついたデコラ張りのテーブルにビニールのパイプ椅子。テーブルの中央には、山盛りのコップとお茶の入ったマホービン。席に着くと紺の制服のウエイトレスが食券を取りに来る。雪景色の家並みを上から見なから待つと、白い制服のボーイさんが注文の品を持ってくる。 600円のナポリカツである。
ナポリカツ@マルカンデパート


ボリュームタップリ、汁気の多い濃いケチャップ味、雰囲気は実に昭和の30年代である。
 このマルカンデパート大展望食堂は、いつ来ても人でいっぱい。食券レジから空いた食器を片付けるおばさんまで、多様な職種の人が忙しそうに協力して働いている。久しぶりにニッポンの熱気に触れたな。(^o^)わははは・・・
ナポリタンは喫茶店の食文化である。
2013年07月27日 (土) | 編集 |
 先日は昼飯にナポリタンを作った勢いで、頭の中に長らくあったナボリタン論を勢いで書いてしまったのだが、よくよく考えてみると重大な視点が欠落していることに気が付いた。
 ナボリタンの出自に目が向きすぎていて、フランス料理のナポリテーヌが、現在のナポリタンに変身した時期を「このナポリテーヌが食堂で単品として登場し、それが中華料理のような鍋振りの炒め物に何時なったのかは、よく判っていない。」などと簡単に流してしまったのだ。
 実はここが最も肝要である。戦後のホテルニューグランデまでの段階では、まだナポリタンとして完成してはいないのである。戦後の昭和20年代までのナポリタンは、スパゲティをトマトソースで絡めたもので、ロッパが言うように「淡々として、」「やや水気が切れない」ものだったのである。

 それではどこで、変化が起きたのか、それは専門家のいるレストランではなく、素人の経営する喫茶店ではなかったのだろうか。これは根拠のない推論なのであるが、有る程度調理済みの食材をササッと温めて、提供するためにはフライパンで温めることが多い。洋食屋で作り置きしたナポリテーヌは少しスープを加えて温めなおして提供されていた。これを見た素人がフライパンで炒めて作ると勘違いしたのではないかと思うのだ。(^o^)わははは・・・

 昭和の喫茶店は、少しオシャレな社交の場であり、軽食として洋食が提供されたが、それは誰でも簡単に作れる必要があった。そこで代表的なメニューがサンドイッチとナポリタンなのである。ナボリタンの調理法は素人が料理することによって、炒め物に変化したのではないだろうか。だから管理の面倒なトマトソースではなく、ケチャップが用いられ、日持ちのしない魚貝や肉類ではなくハムやソーセージといった加工肉が使われたのだ。時代はまだ冷蔵庫の普及しない昭和の20年代である。日持ちのする食材を、切って混ぜてフライパンで炒める「素人コックの簡易ナボリタン」は、喫茶店にとって有り難いメニューだったのではないだろうか。

 考えてみれば、甘ったるくて濃い味付けは、B級メニューの特徴であり、一流料理人の作るものではなかったのである。それゆえ誰が作り出したというようなことは記録に残らない。アメリカ文化の大量流入の中で、大衆の好みに合わせて、見よう見まねであっと言う間に普及したに違いない。この料理はレシピなど無くても、うわさ話を聞いただけでも作れる判りやすい料理なのである。(^o^)わははは・・・
昼飯はナポリタン
2013年07月25日 (木) | 編集 |
 早くて、安くて、簡単で、旨いので、私は麺食いである。自分で用意するなら、朝はパン昼は麺というパターンが多い。夏は冷えたうどんや素麺では栄養がもの足らないと言うときは、スパゲッティの出番である。以前はイタリア式のスパゲティを作っていたのだが、最近はナボリタンにはまっている。
 本格的な外国料理も美味いけれど、日本で定着している外国料理は、日本人が手を加えて、日本人の感性で磨き上げられているので、これは馬鹿に出来ない美味に仕上がっていると思う。

本日のナポリタン

 イタリア人のパスタ料理は、オリーブオイルで合えるのであって、炒めるものではない。またトマトケチャップという調味料はイタリアにはない。しかしナポリタンの旨さはケチャップを炒めるところにあるのだ。(^o^)わははは・・・

 今日の料理法を書いておく。豚のバラ肉を塩豚にしておいたものを棒状に刻んで、中華鍋に入れて、オリーブオイルと供に加熱し、豚の脂の旨さを引き出しておく。ここにタマネギを加えて焼き付け、ピーマンとニンニクのすりおろしを加えて混ぜ、さらにケチャップを加えて、しっかり炒める。
 茹で上がったスパゲッティをこれに加えて、味を麺に吸い込ませながら加熱して、煽り炒めにする。最後に皿に盛って、粉チーズを振る。これが今日の簡易型ナポリタンだ。

 本当は、具材にカットトマトの缶詰を加えて煮込んだり、煽る前にピザ用のチーズを混ぜ込んだりすると、味にコクが出てぐっと美味になる。

 ナポリタンの出自については、最近はうそが横行している。原因は軽薄な「イタメシ」ブームが終わって、ナポリタン見直しの契機が生まれたときに、いち早く出されたある蘊蓄本とそれを鵜呑みにしたテレビ番組やネットの書き込みにある。読み物として面白く作られた内容が、事実として相互に引用され、史実が覆い隠されるような事態になってしまったのだ。戦後のアメリカ進駐軍と横浜のニューグランデの件は、起源ではなく一時代のエピソードとして記録されるべきものである。
 今年になって、Wikipedia等の誤った記述にも、批判のノートが記入されるようになったので、早く正しい歴史が書かれることを望む。

 私の理解しているところでは、ナボリタンはイタリアから日本に入った料理ではない。もともとはフランス料理の付け合わせの「スパゲッティのナポリ風ソースあえ」であるようだ。いわゆる「フライの添え物で付いてくるトマト味の副菜」で、大正期の古い料理本にも、「ナポリテーヌ」として登場している。

 このナポリテーヌが食堂で単品として登場し、それが中華料理のような鍋振りの炒め物に何時なったのかは、よく判っていない。文献的には、『古川ロッパ昭和日記』昭和9年12月22日に、 三越の特別食堂でスパゲティを食べ、“淡々たる味で、(ナポリタン)うまい。"と書かれているので、この時点では単独の料理として供されていたようだ。

スパゲティ・ナポリタンを作る
2011年08月09日 (火) | 編集 |
 今日は、銭湯で風呂に入りながら夕食はどうするか考えていて、手軽で早いスパゲティ・ナポリタンを思いついた。

 以前は、なるべく本場のものに近い食物を作ろうとしていたのだが、最近は日本化された食物に興味がある。ナポリタンもこれは純粋な日本食である。イタリアには、ナポリタンという料理はない。
 ナポリタンの特徴は、トマトケチャップで炒めるところだと思うのだが、そもそも、イタリアにはケチャップのような下品なソースは無いらしい。あれは米占領軍が持ち込んだものだ。(^o^)わははは・・・

 スパゲティを茹でると共に、中華鍋で刻んだウインナーとタマネギを炒め、ピーマンを追加して、火が通ったら皿に移す。中華鍋にオリーブオイルとオロシニンニクを入れて温め、火を止めてから、茹で上がったスパゲティを入れて油に絡める。
 お皿の具を、中華鍋に戻して、たっぷりのケチャップを入れて、全体に絡める。
 再度、点火して、ジュウジュウと炒める。皿に移して出来上がり。
 仕上げに、パルメザンチーズを振り、タバスコはお好みで。

 この加熱したケチャップのコッテリと甘辛いのが、旨いんだな。料理の発想は「おたふくソース」を味わう広島風お好み焼きと一緒じゃないかな。(^o^)わははは・・・

スパゲティ・ナポリタン