暑くなってきましたね。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
インスタントコーヒーの淹れ方
2015年12月03日 (木) | 編集 |
 私は、普段は市販袋売りのレギュラーコーヒーを一日数回飲む。せっかくだから飲む行為・手続き自体を魅力的にしたいので、インスタントはあまり飲まない。しかし、インスタントも淹れ方によっては美味いなあと思うことが多い。

 不味い淹れ方は、インスタントコーヒーの粉に沸騰した熱湯を直接注いで、すぐ飲むやり方である。全体に粉っぽく、香りが無く、味が薄くなり、それでいて舌にきつい。しかし、こうした淹れ方をしたインスタントコーヒーでも、砂糖を加えてしばらく待ち、ややぬるくなると本来の味がしてくる。インスタントコーヒーは手軽なだけに、急ぐと美味しいポイントを外しやすいのだと思う。

 それでは、インスタントコーヒーを美味しく飲むにはどのような手続きが望ましいのか、考えてみよう。
 まず第一に、インスタントコーヒーの粉をカップに入れたら、少量の水で溶かすことである。カップを揺らして溶け具合を見ながら、数分待つ。
 第二に湯はポットの底から湯玉が上がり始めたぐらいの湯を使う。(多分80℃前後)あまり熱いと、コーヒーの香りが飛んでしまうし、味も変わりると思う。不要なエネルギー消費を避けることも合理的だ。
 第三にコーヒーの飲む時の適温は、人により、気温により、味により異なるので、好ましい温度に調整する。冷えるまで待ったり、電子レンジで暖めることだ。

 要は、インスタントだからと簡単に済ませず、最もおいしいポイントがどこにあるのかを探すことである。(^^ゞ

   coffee-cup.jpg

 さて、その他のコツとして、レベルアップしたいなら、一杯分の個包装のコーヒーを使う事を勧めたい。インスタントコーヒーも本来美味しい香りを持っている。これは製造時に揮発した香りを、わざわざ回収して再添加しているのだ。しかし香りは揮発性だから、大瓶ではじきに失われてしまう。
 甘味料も好みのものを選びたい。ストレートでも良いが、安物ほど甘みを加えて味を調整した方が美味い。私はパルスイートを使う。パルスイートには嫌味な甘さがあるのだが、苦いコーヒーにはこの嫌味な甘さが合うと思うのだ。白砂糖では味が素直過ぎる気がする。
 水はやはり井戸水が良い。白湯で飲んで美味い物であればよいだろう。

 そして、その日の気分で味を変えるられることが、インスタントを飽きさせないコツだ。ミルクや砂糖も加えて、量も調節された個包装のインスタントコーヒーは、一番美味い所に調整されていると感心するが、実に飽きやすい。飲む前から味が判るのは興ざめである。(^o^)わははは…

 なお、インスタントコーヒーを溶かす際、水で練ったり、泡だて器で攪拌したりしてみたが、かけた努力ほど、美味くはならなかったように思う。美味しいインスタントコーヒーの淹れ方は、私にとってはこの程度が一番良かった。
モッタイナイとケチ
2014年04月06日 (日) | 編集 |
 さて、1枚1円のコーヒー用紙フィルターを、洗って再使用というと、「モッタイナイ精神」の発露として評価してくれるか、そこまでやるかこの「ケチ」とけなされるか。 人の見方は大きく分かれる。(^o^)わははは・・・

ところで、モッタイナイは「勿体ない」と書くのだが、この勿体とは何だろうか・・・。
 調べてみると勿体は日本仏教の哲学用語で、もとは「物体」と書いて物の本質的な価値を示したらしい。物は、猫とか時計と言った特定の形質を離れて、抽象的な存在を言う言葉なんだそうである。
 で、「勿体ない」とは、存在の価値が十分発揮されていないと言うことで、、低い評価に置かれている人や物を惜しみその存在を感謝する意味や、かけられた言葉に対し、過分な評価であると謙遜して感謝する言葉として、使われるようになった。

 それでは、ケチとは何か。ケチとは怪事(ケジ)の転で縁起の悪いことだそうである。「ケチがつく」というように使われたが、江戸時代以降、むやみに金や品物を惜しむことを卑しんで、江戸っ子が一言で「ケチ」と言うようになったらしい。(^^ゞ

 だから、物の本質を尊んで、感謝しながら丁寧に使えば、「モッタイナイ」。何でも金に換算して、自分の物欲に従えば、「ケチ」である。
 モッタイナイは物の使用価値だけではなく、感謝をこめて惜しむ点で、他国の同種の言葉にないニュアンスを持っているとして、国際的に評価されているらしい。


 と、勿体ぶって、些細なことに勿体を着けるのは、私の悪い癖である。(^o^)わははは・・
コーヒーフィルターの再利用
2014年04月03日 (木) | 編集 |
 ペーパードリップでコーヒーを淹れて、毎日数杯飲んでいる。ペーパードリップはお手軽だが、毎回ペーパーを捨てるのが何か気がかりであった。(^^ゞ コーヒーの粉はゴミにせず庭の土にしていて、ベトナム式やパーコレーターだとゴミは全く出ないので、ペーパーも再利用できないかとやってみた。
 使用済みのペーパーを水に放つと意外と簡単にコーヒー粉は流出して、さっと水ですすいでクリップで端をつまんで干すことが出来た。そのまま1時間もすれば結構乾いてくる。

         再利用したコーヒー用紙フィルター

 使ってみると、全く問題なく使える。ずいぶんしっかりした良い紙を使っているものだ。数回使ってもはがれたり破れたりすることはない。しかしだんだん目詰まりをしてくる。2回目ぐらいは使い心地が最も良いが、その後はコーヒー液の落ちがやや悪くなる。(^o^)わははは・・・
 百円ショップのペーパーなので、一枚一円なのだが、1回で捨てるにはもったいないクオリティーであることはよく判った。特に2回目は紙臭さも消え、適度に目が詰まって最高である。(^o^)わははは・・・
  #珈琲=珈琲関連記事タグ
キムチ牛丼@牛丼太郎
2011年02月27日 (日) | 編集 |
 恥ずかしながら、牛丼太郎のキムチ牛丼(280円)が好きである。(^^ゞ

キムチ牛丼@牛丼太郎 恥ずかしなからというのは、けして旨いものではないはずだからである。そもそも牛丼というものは、「塩分・糖分・脂肪分」の不健康の「余分三兄弟」で、タレを作り、安い肉にまぶしてご飯を掻き込もうという食べ物である。(^o^)わははは・・・
 これに、下品な旨味たっぷりのピリ辛白菜キムチを載せるわけで、いわば日韓「下品食連合」というわけだ。
 が、しかし、しかしである。それぞれに単品では下品と思われる味が、どういう訳か見事なマリアージュをしめして、一気に完食という勢いを生んでしまうのだ。
 どんぶりめしというものは、美味いとか不味いとか、考える前に、「ブハー、食った食った。」と満足感が得られるというのが、本来の姿であると思うので、これは正にどんぶりめしの王道かも知れない。

 そんな訳で、遅くなったので早く帰って眠りたいとか、散歩から帰ったら直ぐに作業に取りかかりたいとか、いう時には、つい手近なこの店のお世話になる。味噌汁や冷たいお茶もつくので、夏の暑いときにはお茶をお代わりするだけでも、元が取れるような気がする。(^o^)わははは・・・
 一時は、牛丼だけでも350円していたのだが、このところのデフレで、牛丼なら250円というお値段は驚異的だ。財政が逼迫してくると、自炊より安い可能性も捨てきれない。このぐらい安いと、それだけで食べようかという気になるのだが、この味になれてしまうと、余分三兄弟を呼び込む悪しき習慣にどっぷりとはまり込むので、要注意である。(^^ゞ
耳ぱんハネぱんワゴンセール
2010年09月24日 (金) | 編集 |
 今日は雨のはずだったが、降っていないので儲けた気分で、散歩に出かけた。いつものコースで高円寺まで歩いて、駅前の中通り商店街で気になるワゴンセールが。
 耳パン120円、見ると食パンの両端の耳である。(^o^)わははは・・・
ワゴンセールの耳パン
 食パンの耳は嫌いな人が多いから、断ち切られてしまうのだと思うが、好きな人は好きである。フランスパンなどはパリパリの皮を食べる物で、中の柔らかいところは付け足しだ。皿のソースを拭き取って食べるためには、柔らかいところも無くては困るが。(^o^)わははは・・・
 嫌いな人には、漫画家の東海林さだおがいる。食べ物の蘊蓄について書いた「まるかじり」シリーズで、これだけ科学が発達したのに、パンの耳ぐらい無くても焼けるではないかと言っていた。しかしパンの耳のことを上耳・下耳・横耳などと分けて呼び、下耳は濃いと言い、耳好きに最も珍重されるのは、最初に断ち切られる初耳だと言っている。
 初耳というのは、初耳だが、初めに切られる最も大きい耳なのだから、好きな人にとってはたまらないのはたしかだ。(^o^)わははは・・・
 で、この袋には、初耳が左右揃ったものが、10セット20枚入っていた。食パン一本が3斤として、30斤の食パンから集めたものだ。これが120円なら実に安いではないか。さっそくお買い上げである。(^^ゞ

 この店には、スライスした後で見てくれの悪いところをハネ出して一斤そろえた、ハネパン170円というのもあった。噂によると店内でじっくり見ていると試食のパンをくれることもあるそうで、無料のコーヒーもおいてあるそうなのだ。今度は時間をかけて、店内物色をしてみよう。場所は駅北口広場左手の上島珈琲店の脇を高架に沿って入って、最初の四つ角のヒロセというパン屋である。ここも丸十系のパン屋らしい。板橋仲宿が理事長でここ高円寺は理事だそうだ。