早くも秋ですねぇ。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
超能力は存在するか
2016年05月14日 (土) | 編集 |
 超能力とは、「視覚・聴覚・触覚・味覚・臭覚」の五感を超えた第6の感覚というわけだが、人は五感以外にも様々な感覚を持っていたと考えてもよいのではないだろうか。しかし人間は五感が発達し、それに頼ったために、それ以外の感覚に対する感受性は鈍くなったのだろう。あるいは第六感で受けた刺激を頭脳が疑うために、我々がそのデータを処理し利用する能力を失っているとは考えられないだろうか。

 例えば、視覚である。目のない生物も世の中を見ていない訳では無いはずだ。人間も、目以外に外界を見る器官を実は持っていたらしい。現在は使われていないがその痕跡は、古い脳内に残っているそうである。とすれば、ふと後方に視線を感じて振り返ったりすることや、昔の武士が目に見えない殺気を感じたと言うのは、実は何かの器官が裏で働いた結果ではないのだろうか。(^^ゞ

 脳の活動は電気信号だと言わている。
 すると、人と人が言葉ではなくて、指先の接触の電気信号で会話をすることは全く考えられないのだろうか。情報が人から人へ非接触の思念で、増幅されながら広がっていくことは無いのだろうか。これがあればテレパシーである。鳥や魚は群れがあたかも一匹の生き物でもあるように行動するが、ここには五感以外のテレパシーのようなものが働いてはいないだろうか。

 医療でいえば、暗示によって病気が治るプラシーボ(偽薬)効果が存在するなら、逆に信頼関係を基に「気を送って」治癒力を高めることにも、可能性があるのではなかろうか。神の奇跡には良くある話だが、思念で自然治癒力の強化が見込めれば、それは医療法のひとつである。

 胸騒ぎとか、内臓の嫌な感じで、不吉な事象の予知をする場合がある。これは脳のある種の確率論的な処理の結果かもしれない。脳は情報を基に無意識のシミュレーションをして結果をアドレナリンの分泌と言う結果で、古くから伝えていた内蔵器官に送っているのかもしれない。理屈抜きで条件反射的に危地を脱するための反応であって、予知は人類が生き延びてくるためには重要な感覚だったのである。(^o^)わははは…

 もしかすると、神は、人の透視・予知・テレパシー・念力治療等の能力とも理解できる。人は第六感の結果を神の声として聴いたのだ。
 科学は不確かな物を切り捨てることで、根拠を確立してきたが、そろそろ不確かと思われたものの中に、真実があるかもしれないと考えてもよいだろう。電気が発見されるまでは、無線通信など荒唐無稽の存在だったのだから、何かの事実の発見で超能力の自在な利用ができるようになるかもしれないではないか。
 しかし、それまでは、眉唾の夢の話ではある。(^o^)わははは…
キリンはテレパシーを伝えてくる。(^^ゞ

人工知能は神になるか?
2016年04月30日 (土) | 編集 |
 人間は自分の脳で決定できない判断を脳に生じた「神」にゆだねた。神のお告げに根拠はいらない。信じればよかったのだ。(^^ゞ科学の発展と歴史の分析で神の出番は少なくなったが、代わりに神となりつつあるものがある。

 それは電気計算機=コンピューターであり、人工知能である。
 現在はまだまだ能力は低いが、それでも神となってしまっている部分がある。たとえば金融取引である。株式や為替の取引は、実のところコンピューターのプログラムが行っているらしい。わずかな値動きにも瞬時に反応して売り買いするのは、人間の判断ではできない。インターネットの発展で世界のどこでも取引が可能になったが、実際の取引が執行されるのは、取引所のコンピューターに接続した証券会社のコンピューターであり、各証券会社は取引所のコンピューターに近くて回線の太い、高速でデーターをやり取りできる場所を求めて四苦八苦しているらしい。自動取引はそのぐらい高速な判断なのである。
 これは、もう神であって、プログラムを作ったのは人間だが、一度走り出せば「神」の判断に異議を唱えることなどできない。問題は速度だけではない。身近な所でも、自分が最初の入力を間違っているのに、コンピューターが出した結果だとして、出力結果を疑おうとしない人は結構いるのである。(^o^)わははは…

 最近、コンピューターは自分で学習を始めたらしい。Googleがコンピューターに猫の写真を大量に見せて自分で猫を判断できるようにしたらしいが、人間が教えるのには限りがあるので、今後はコンピューターが自分で学習し人工知能化することになる。
 将棋や囲碁の世界でコンピューターが人間の名人に勝つようになったのは、この自己学習の成果なのである。少なくとも囲碁や将棋で、人工知能はプログラムを作った人より勝負に強くなったのである。iPhoneのSiriなどもまるで人間の様に会話してくれ、その中で使用者の好みや生活を把握するそうである。しかし、いくつかの研究用人工知能ロボットは公開して学習させたところ差別的用語や極端な判断を学習して、停止させられたらしい。学習も順番が大切という所か。人間の価値観を機械は正しく学んでくれるだろうか。

 しかし、音声で検索し、翻訳や添削までしてくれる人工知能は本当に優秀で、細部ではもうかなわんと、私も最近思い始めている。( ゚Д゚)はぁ~

 どちらにしろ、凡人が人工知能の判断に異議を唱えることなど困難なほど、人工知能が学習してしまう事はありそうだ。そうすれはもう「執事」から「神」へ昇格である。困ったこと判らないことは人工知能に聞く時代が、すぐそこまで来ている。
世界を制覇した一神教
2016年04月28日 (木) | 編集 |
 人間の脳が神を作り、信じ始めたころ、それは考えても結論が出ないこと=「不安」を解消し、自分の安全と一族の繁栄を祈る、実利を求める祈りの対象であった。神は万物に宿り、守備範囲にそれぞれ専門があり、気まぐれだから、祭り上げて機嫌よく働いてもらうものであった。人々は必要に応じて、神を選び祈った。(^^ゞ

 しかし、人間社会に王ができ、権力を発揮するようになると、神の中にも序列があり、全体を支配している神が居るのではないかと考えるようになる。あるいは相対的に力のある神を信じれば、より功徳が得られると考える者も現れる。特定の神を選択して、自分の神とする一神教の誕生である。しかしこの時点ではまだ人間が神を選んでいるし、神を選ぶ理由は自己への功徳・利益である。多神教の社会に生じた相対的な一神教なのである。

 しかし、現在では世界の55%を超える人口が信じているといわれるユダヤ教・キリスト教・イスラム教は、唯一絶対な神が世界を作り、人が神を選ぶことなど想定できないとする特殊な一神教である。このような特殊な宗教が、なぜ発祥し世界を席巻したのだろう。そのルーツを知らずにはいられない。(^^ゞ

 ルーツとなるユダヤ教は、紀元前13世紀にモーゼに率いられエジプトから脱出した奴隷達が、その旅の困難を乗る切る手助けをした神ヤハウェをユダヤ民族の守り神とした一般的な一神教として始まった。彼らは自己の民族のアイデンティティを確立しイスラエル王国を確立し反映するが、この王国は6世紀にバビロニアによって滅び、ユダヤ人は再び奴隷となって、今度はバビロンに送られる。

 彼らの神ヤハウェは、今回は彼らを助けてはくれなかった。信仰による利益は今回は無かったのである。普通ならここで、神は捨てられるところである。しかしせっかく確立したユダヤ民族のアイデンティティを守るためには、神ヤハウェを捨てるわけにはいかなかった。人々は、人間が神に対し原罪を持っており、それゆえ神が試練を与えて神への信仰を試していると考えることにしたようだ。
 この世界は神が作った物であり、ユダヤ人はヤハウェ以外の神を選ぶ事が出来ないと考え、神の提示した戒律を守り、沈黙したまま動かぬ神の救いをひたすら待つという唯一絶対神への信仰を、このころのユダヤ人が確立したらしいのです。

 そして紀元前5世紀、ペルシャによってバビロニアが滅び、団結を守ったままユダヤ人は捕虜から解放された。ペルシャ王は民族的に寛容な政策を行い。ユダヤ人にある程度の自治を認め、彼らの掟=律を書面にして提出するように求めます。これが最初のユダヤ教の聖書(モーゼ五書)になりました。聖書は歴史の中で追さらに追加文書が増えていきますが、起源後1世紀の末「ヘブライ語で書かれた39の文書」の範囲で決定され、固定されます。
 これは、ユダヤ教の理論的展開がほぼ終息し、一方、それを内部から打破する形で、キリスト教による他民族への布教伝播が始まったことが、原因だろうと思われます。キリスト教徒による聖書改変に対抗して、ユダヤ民族のアイデンティティを守るため、ユダヤ教の聖書が固定化されたのです。
 この後、ユダヤ教をベースにしたアラビア語のイスラム教の布教も7世紀にはじまり、現在では世界の55%を超える人口が、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の3兄弟とも言える唯一絶対的一神教の信者だとされています。

 さて、この唯一絶対的一神教がなぜ世界に普及したかですが、何といってもユダヤ民族の過酷な経験から生まれた教理が哲学的で深く、かつ様々な読み方ができる聖書を持っていることでしょう。そして軍事的・経済的に強力な国家を形成する力を持っていた事があると思います。唯一絶対の神は、組織の団結を守り困難に耐え、戦争をする体制を作るのに有利な教理だったと言えるかもしれません。
多神教の誕生
2016年04月27日 (水) | 編集 |
 人間の脳は「良心の声」と「悪魔のささやき」のように、同時に複数の思考を生み出す事が出来る。自分が地獄に落ちたり、天国に向かう姿を映像的に見ることもできる。このような脳の働きが、畏怖すべき自然に出会ったり、困難に直面したりした時に、突然生じた自分の物とは思えない感情や思考を天啓と感じ、個人の守護神や自然の支配神を認識するのである。前回はここまでを述べた。

 この神は個人的な物だが、言語を通じて共同体で共有される。色々な神が共有されるから、当然多神教になる。それぞれの神が専門領域を持ち、他の共同体には他の神がいる。しかし共同体が大きくなり民族や国家を作るようになると、横断的な神の概念ができ、神にも序列が生じて、それらを関連付ける神話も創作・伝承されるようになる。多神教の神々は人間社会を反映しており、人間的にふるまうことが特徴であると思う。
 国家の支配者は、自らが神の信託によって、権力を行使しているのだと、権力の根拠を説明するようになる。政教一致の多神教が国家をデザインするのである。古代社会にとって宗教は極めて重要な存在になった。

 さて、このような社会の中から、一神教が登場する。これはまた改めて。
神とは何か
2016年04月24日 (日) | 編集 |
 考えてみると神とは面白い物である。ここでいう神とは、精霊と言ってもいいが、人間が存在を確認していないが、身近にある知的存在の事である。近代合理主義に立てば神など存在しないと思うのだが、人類のほとんどは神を無視して生きてはいない。宗教の信者は当然だが、無神論だという人でも、墓前に手を合わせたり、巨木に神性を感じたりするだろう。
 人間以外の生物にそのような行動や感覚は見られないと思うので、これは人間ならではの一般的な属性ではないかと思われる。私は神が人間から離れて実在するとは思えないが、人間なら神を感じることができるのは否定しない。人間は霊性を感じる能力を持っているのである。

 しからば、我々が感じる神とは何か。なぜ神を感じるのか。考えてみよう。
 我々が物質ではない神を感じるのは、自分を客観的に見る能力を持っているからであると思う。人間は「われ思う故にわれ在り」と感じる。これは思っている自分がいるということを客観的に見つめているのだと考えられる。人間の思考には内部からの自分自身の視点とともに、外部から自分を見つめる視点をも持っているのだ。

 人間はわがままな欲望を無限に拡大する事が出来るが、悠久の歴史や大自然から見て、自分がちっぽけで何一つ自由にできない存在であることを同時に認識する。人間は「何故思い通りにならないのか」と考える。
がっくり 考えれば考えるほど、理由は見つからず不安がつのる。ここで精神の安定のために作り出されるのが、神である。努力を認め、不正をただし、救いを与えてくれる存在を、人間は求め作り出す。それが神であろう。

 つまり、人間の脳は神を作る。
 考える力の「恐ろしい副作用」を抑えるのが、神である。そして人間の社会を安定させ、秩序立てるには、自分が正しく報われ、悪は成敗されることが、神によって保障されることがどうしても必要だった。人間の共同社会は構成員共通の神を必要としたのである。

 「神も仏もあるものか」と言いながら、生きる為には何かを信じざるを得ない。それが人間であり、我々の「脳」なのである。
新興宗教としての神道成立
2015年04月22日 (水) | 編集 |
 先日、「今から見れば、天皇教は明治維新政府によってでっち上げられた新興宗教だったのである。」と書いたわけだが、これについて違和感を持つ人も多いだろう。神道は日本の伝統だと思われているし、そもそも「天皇崇拝」が宗教だったと思っている人は、少ないかもしれない。

 しかし、創価学会・立正佼成会、はたまたオウム真理教が、仏教系の新興宗教だという事に異論のある人はいないだろう。それは伝統的な仏教勢力が今も存在しているから判るのである。
 神道の場合、もともと素朴な多神教であった上、平安初期ぐらいからは仏教の支配下にあって、宗教としての教義は進歩していなかった。

 ところが江戸時代になって日本のルーツをたどる国学が始まり、古代天皇制と神道が再評価されることになった。そして幕府の教学である朱子学は忠孝を大事にするが、江戸幕府は征夷大将軍で、理屈の上では天皇の家来という事になる。すると武士が忠義を尽くすのは天皇なのかという事になってきた。
 これは、外様として江戸幕府に抑え込まれていた長州藩や薩摩藩にとっては、倒幕のいい口実になった。将軍のおひざ元の水戸藩士でさえ、天皇にはからずに開国を決めた井伊大老の暗殺に動いたぐらいなのである。結果、日本を天皇の国に戻すという大義で、明治維新が成就する。維新とは「これを新たにする」という意味であり、新時代への政権移譲=市民革命ではなく、天皇制「復古」を意味している。

 さて、神道の方では、江戸時代の国学者平田篤胤が、キリスト教等の一神教をはじめとする世界の宗教や日本の土俗信仰を参考にして、新神道=平田神学を打ち出した。彼の著作は尊王攘夷派のバイブルとなった。そして明治政府も、西欧諸国のキリスト教の法王や大司教の存在を参考に、国家の精神的柱として天皇中心の国家宗教を確立しようと考え、神社制度の整備・改革を進めた。 その結果が廃仏毀釈である。この過程の中で、「神仏習合の寺院から神社を独立させる。あるいは寺院建築を赤く塗って神社とする。還俗させた僧侶を神官として任命する。」というような事が実施され、教義や行事も過去の文献や他宗教を参考にしたりして、急造されたのが明治の国家神道である。

 そして、同時に神社も市民生活に積極的に関与していく。たとえば、今では当たり前と思われている神前式の結婚式も明治33年の大正天皇の結婚式次第を参考に、現在の東京大神宮(飯田橋)が始めたのだそうである。それまでは日本の結婚式とは家庭でお披露目をする習慣であったのだが、東京大神宮はキリスト教の「一夫一妻を基本として神前で愛を誓う形式」を、神道式に置き換えたのだ。ちなみにわが両親はこの東京大神宮で挙式した。(^^ゞこの東京大神宮、近年は結婚願望女子のパワースポットに昇格して賑わっているのだそうである。(^o^)わははは…

 このように、日本においては、弱体化していた神道を丸ごと飲み込んでしまう形で、明治政府による新宗教=国家神道が普及したので、旧来の神道が目に見える形では存在しない。それゆえ「国家神道が新興宗教だった」と認識することがないのである。現在では国家神道は否定されているが、明治の神道復興の経緯があるのでいまさら昔の弱小神道には戻れない。

 古い時代から受け継がれている日本人の精神的感情は、生活のあらゆるところに存在して強固な物である。これは神道の中に色濃く残り、日本人はここから抜け出すことはできないだろうと思う。私自身も、日本人の精神的主柱はやはり神道に見られると思っている。しかし神道は一つではなく、天皇家の祖先たる伊勢神宮や、それとは異なる系統であろう出雲大社・諏訪大社など、本来、神道にはいろいろな流派があり、ここには古代人の精神生活が残されているのではないかと思っていて、これは実に興味深いものだろうと考えている。
日本人と宗教
2015年04月18日 (土) | 編集 |
 日本人は、宗教的に見るとちょっと特殊な民族だと思う。世界的に見れば、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の根っこの同じ一神教が支配的で、これ等を信じる人々は、生き方や道徳律など、生活の根源的なところで、宗教に思想的基盤を持っているから、日本人が自分の信じる宗教について明確な信徒意識も、忠誠心も持っていないと知ると、驚愕する。
 「それでは、あなたは何に基づいて善悪の判断をしているのか」という疑問を持つわけだ。

 しかし日本人が、西洋でいう反キリスト的な、信念のある無神論かと言えばそうでは無い。何かと言えば日常的に神様に頼っているし、迷信やスピリチュアルなことにも興味津々である。生き方や道徳律なども根拠が明確ではないものの、ちゃんと持っているし、むしろ秩序を守ることについては世界でもトップクラスだろう。

 日本人は、自分の宗教心を意識していないという世界でも稀な民族なのである。いったい、なぜこのような宗教観になったのだろうか。実は日本人は幾度となく信ずる宗教を否定されてきたから信心不信なのではないだろうか。政変のたびにそれまでの信心は崩壊した。だから心底から信じる事が無くなったというのが正直なところではないだろうか。

 一番最近の否定された宗教は「国家神道」、簡単に言えば「天皇教」である。(^o^)わははは…
 神様に祭り上げられていた統治神(スメラミコト)が実は人間だった。しかも、人のよさそうな小さなおじちゃんだったのである。

 今から見れば、天皇教は明治維新政府によってでっち上げられた新興宗教だったのである。新政府によって、各地に存続していた神々、郷土に土着した産土神(うぶすながみ)・血族を守る氏神(うじがみ)・施設を守る鎮守(ちんじゅ)等々が、その歴史や地域に根付く伝統をはく奪されて、天皇起源の国家神道に統一された。神社は国の管理下となり、神社を管理してきた家系は神官を廃絶させられて、任命される公務員となった。

 この過程では、聖徳太子以来の歴史ある仏教は他国から来た邪教とされ、廃仏毀釈で多くの寺院が失われた。火葬は仏教の習慣だからと禁止され、土葬が復活した。しかし神道は穢れを嫌って、葬儀のマニュアルを持っていなかったので、社会は大いに混乱したのである。(^^ゞ このように明治維新でもそれまでの宗教が否定され、改変されている。

 江戸時代は、仏教の時代のように見えるが、実は戦国時代の各宗教は弾圧され、教義や組織を幕府の都合に会うようにつくりかえられている。弾圧されたのはキリスト教だけではないのである。日蓮宗では主流であった不授不施派が壊滅させられて、授派のみが許された。幕府権力よりも宗教的指導者を上位とする宗派は存続を許されなかったのである。
 この宗教政策は、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康と引き継がれて完成されたものらしく、彼らの天下統一は、平城京以来政治を支配してきた仏教勢力を力づくでねじ伏せることによって成就したらしい。

 つまり、宗教的信心は、歴史的に何度も潰されてきたので、日本人の宗教観はちょっと冷めた見方になるのである。(^o^)わははは…
鎖国はアジアの平和のための政策だった
2015年02月05日 (木) | 編集 |
 今の日本は、列強による植民地分捕り合戦に参戦した明治政府の歴史観に基づいて、歴史を見ているので、江戸時代は頑迷な鎖国で国際的に取り残された時代と思っているのだが、実はそうではない。
 徳川家康が天下を取った時、国内的な天下泰平と同じく、国際的にも平和を築こうとした。ところがその前の秀吉政権は、中国へ向けて、朝鮮半島へ侵略していたのだから簡単には信用してもらえない。それに倭寇と称する国際的な海賊が近隣諸国を荒らしまわっていた。
 家康が調べてみると、当時の中国や朝鮮の王朝は自国民の海外進出を禁止し、正式に臣下として朝貢してきた所だけと貿易を許可していた。それは自国民が海外で無用なトラブルを起こして、外交的な支障になることを防ぐためであった。
 家康も、これに倣って、自国民の海外渡航を禁止し、貿易を特定の港で特定の国とだけに絞ったのである。これは当時鎖国とは考えていなかった。文化的な国家の当然の対外政策であったのである。
 「鎖国」となったのは幕末に、欧米列強が相次いで来航し、開国か攘夷かで国論が分裂するようになって、これまでの政策を「鎖国」と称するようになったのだと思われる。
 だから、鎖国はアジアの平和のための国際的な取り決めだったのだ。このアジアの平和は、欧米の軍事力の前に屈服するまで続いた。

(以下蛇足)
 いま、世界はグローバル資本主義が闊歩して、あらゆるところで無用なトラブルを起こしている。これは「資本の黒船」だ。
 なぜ「イスラム国」なんてものができてしまったのか、よく考えなくてはならない。
 国内も第三の黒船などと言われるTPPで、国内産業の危機と言われている。はたして、バスに乗り遅れるなとばかり、世間に合わせて、走り出してよいのだろうか。本当に大切なことは何か考えてみるべきだろう。
日本人の成功モデルと失敗モデル
2015年01月25日 (日) | 編集 |
 日本人はとかく外国の成功モデルを称賛し、自らを卑下するところがある。「だから日本人はダメなんだ」という論旨が、メディアには溢れている。それで、外国のまねをするので、「人真似をするからダメなんだ」という追い打ちまで来る。(^o^)わははは…

 しかし、外国から見れば、日本は立派な成功モデルである。世界の国々は日本を目指したり、参考として重視しているのは間違いない。しかし日本人ほど自分に学ぶのが下手な民族も無いのかもしれない。いまだに自国の歴史から世界に与えるべき理論や手本を纏めることができないし、発信することも下手である。

 江戸時代から明治維新にかけての急速な資本主義的成長や戦後の一億総中流といわれた国民所得の伸びは、世界に誇るべき成功モデルである。一方「無謀な世界戦争」や「失われた20年と言われる経済失速」といった失敗モデルもある。日本人は未だにこれらの総括ができず、それ故、自らの国際的なスタンスも定まらず、他国に対する理論的貢献も、できていないのではないか。

 日本人の思想は、中心部が空洞だという指摘をした日本人がいる。外殻はあるが内容を突っ込んで確かめると、誰も答えられないというのだ。誰も決めていないのに、空気を読んで、全体がある方向に動いてゆくし、失敗してもだれも責任は取らない。海外から何でも取り入れるが、それに染まってしまう訳でもない。納得したように見えて、妙に頑固で、いったい何を考えているのか理解し難いと言う訳だ。

 このように外国人にも判りにくいが、日本人も実は自分のことが判っていない。しかし、それでも全く平気なのが日本人なのである。(^o^)わははは… そして訳が判らず進んでいくから始末が悪いと言えば言える。日本人はそろそろ自分の事をきちんと総括して、自らの行動にしっかり芯を入れねばなるまいと思う。(^^ゞ
トマ・ピケティ教授の講義
2015年01月15日 (木) | 編集 |
1月9日からNHK教育テレビで、話題の"Capital in the Twenty-First Century" (邦訳:『21世紀の資本』)の著者であるパリ経済学校のトマ・ピケティ教授の講義が始まった。約50分の講義(番組名: パリ白熱教室)が全6回である。
 画期的な著作の内容が御本人の口から語られるということで、興味を持って視聴した。しかし、門外漢の身では全く解らず、改めて録画ビデオで見直した。(^^ゞ

 理解できたのは、彼のアプローチが極々当たり前の地道なデーター収集であり、その結果として資本主義の実態を明確にしてしまったということだ。おかげで、これまで自説のために必要なデーターだけで、あれこれ発言してきた御用経済学者の顔色を無からしむこととなったようだ。(^o^)わははは…
 ピケティ等は、15年をかけて各国の税務統計をはじめとした厖大なデータを、なんと300年という超長期にわたって分析したのである。これは学問としては当然の行為だと思うが、これまではやろうと思ってもできなかった。IT技術の進歩が膨大な作業を可能にしたのである。

 結果として、資本主義による急速な経済成長は歴史の中では極めて一時的なことであって、経済成長は長期的には1.6%程度に落ち着く、そして資本運用の収益率は5%程度であるらしい。そして、労働による収益よりも資産運用による収益が常に上回るので、富は常に資産家の側に集中する仕組みになっているという。
 この研究が、アメリカではわずか1%の富裕層が、国の富の4分の1を握るようになったという事実とそのメカニズムを明らかにしたのと、これは歴史の中で繰り返されてきたデジャブの一つで、世界は今、極一部の冨者と大多数の貧者に区分されつつあると喝破したことで、彼は世界で一躍脚光を浴びる経済学者となったのだ。

 なるほどである。今回は第一回で、入門編だったが、あと5回なんとか付いていきたいものだ。(^o^)わははは…

バリ白熱教室 NHKホームページ