早くも秋深し。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
夢は脳による画像再生らしい 
2017年02月11日 (土) | 編集 |
一昨日、目覚める前に瞬間的な夢を見た。目の前に新聞の第一面が出てきて大きな題字が踊っている。それを見ようとしたのだが、文字が読めない。そこで目が覚めた。(^^ゞ頭はスッキリしているので、夢の意味を考えたが、何も判らない。そして考えたのである。

 「夢は画像である。そして脳は画像で記憶を処理している。」

 人間はものを考えるとき言葉を使う。言葉で抽象的な概念を作り関連付けて、論理的に思考にまとめる。覚えるときも単語を記憶しょうとする。しかし夢は論理的ではなくて、見た夢を起きてから記録しょうとすると、言葉に出来ないし、そもそも論理的でない展開をするから、言葉にしようとすると粉々に砕けて消えてしまうのである。それは夢がイメージの再生だからである。
 考えてみれば、人間が言葉を使うようになったのは最近のことで、それ以前から夢は見ていたに違いない。多分他の言葉を持たない生物も、何かしらの夢は見ているのであろう。イメージならそれが可能だ。
 一昨日の夢も、新聞が何かを報じているというイメージであって、報じている中身に意味が無いから、読もうとしても読めなかったのに違いない。(^^ゞ

 そして、夢は人によって随分違うらしい。楽しい夢をフルカラーで見る人や怖い夢をモノクロームで見る人など色々である。私の場合紙芝居形式のようだ。ある画面から次の画面に次々と移ってゆく。この一枚がショートムービーのように動くこともあるが、動いても長くはない。電車が通過したり、二三歩階段を降りたりするだけである。
 この紙芝居のような展開が、後で思い出したりするときに非論理的で理屈がつかなくて、悩むのである。(^o^)わははは…

 しかし、夢が画像だとすると、脳は記憶を画像で処理しているのであろうか。画像だとすれば納得できることも数多い。人の顔は記憶できるのに名前が出てこない事は多い。人生の出来事を思い出すのに写真は最高のヒントになる。妙に鮮明な記憶というものは画像を伴っている。等々。
 記憶術でも、覚えるべきものを一つの空間にビジュアルに配置していくというのが、極めて有効だと言われている。つまり以前も言ったことがある「記憶の芋づる」は画像で保存するのが良いのである。

 専門家というのは、その世界が頭のなかで構築されていて、実世界のように動けるらしい。小説家は書いているうちに登場人物が勝手に動き出して、書く手が追いつかなくなるそうである。天才の「イメージが膨らんでいく」というのはそういう事なのだ。
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