早くも秋深し。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
水路跡の探索2 
2009年12月06日 (日) | 編集 |
 9月に水路跡の探索を行った。このとき「駅の北に早稲田通りがあり、ここが一番高いのだが、」と書いたのを憶えておいでだろうか。当然その向こうは低い訳で、そちらには妙少寺川が流れている。この川へ流れ込む水路がある訳だ。で何処にあるかを探索に行ってきた。(^^ゞ
 廻りより低い地点を探し当て、そこから遡ると、早稲田通りから野方方面に分岐する古い道へ入って直ぐのところに水路の起点があった。
 幅60cm程度の未舗装の隙間である。民家の敷地ではない。ちゃんと区の境界石が入っている。公共の敷地なのだ。ここを北へ入っていくと、直ぐに東向きへ方向を変え、徐々に高度を下げて、浅い谷の様相を示してくる。
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柳通を超えたところに、現役の井戸があった。ポンプを動かすと水が出る。井筒が地上に浮き上がった不思議な形だが、これは地盤沈下で浮き上がったのであろう。
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その先に先日渡辺篤志の建物探訪で取り上げられた、間口がドア一枚しかない住宅 (2009年12月4日(金)放送 東京都中野区・大貫邸)があった。9月の「水路跡の探索」の時も放送された家 (2009年8月30日(日)放送 東京都中野区・百瀬邸) を一軒見つけたので、水路脇にはユニークな建築が多いとみた。(^o^)ワハハハ・・・

 谷は深くなって、懐かしい古い建物も多くなる。中野の寺町の下を通ると、墓石で作られた擁壁があった。南無阿弥陀仏・・・
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 白桜小学校のところで、行く手がが閉ざされていた。公共が水路を閉ざしてしまうことは非常に多い、それを見て、周りの人が、不法占拠を始めるから、困った物だ。

 しかたがないので、大回りをして、上高田の通りに出る。ここからはこの水路が中野区と新宿区の境になる。結構重要な水路じゃないか。(^^ゞ 落合の斎場は駐車場が中野と新宿をまたいでいて、水路はその下をトンネルでくぐる。私が子どもの頃はこのあたりは鬱蒼とした森に囲まれた、深い谷間であったのだ。だからこそ焼き場ができたのだが、いまでは近代的な町中てある。
 あと少しで妙少寺川というところで、水路跡は姿を判らなくした。
 昔は、ここから妙少寺川の氾濫原だったのだろう。水路はここからゆったりと自由に流れていたに違いない。
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