早くも秋深し。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
ふるさとは遠きにありて 
2010年01月21日 (木) | 編集 |
 何か音楽をと思って、図書館の検索システムを動かしたら、中島みゆきの singles が、見つかった。三枚組で40曲のCDである。これ幸いと借りてきて、パソコンのituneに取り込んで、CDがダメになったラジカセの Line In につないで、流しっぱなしにしておいた。
 何回か聞いて、以前とは違う曲が印象に残った。その一曲が「ホームにて」である。
 この100年の日本人は、ふるさとに共通の懐かしさと、優しさを感じてきた。演歌の世界では、この世界にどっぷり浸かる名曲が多数有る。「さよなら~あなた♪私は帰ります。」のたぐいである。
 中島みゆきのこの曲も、(ホームにて歌詞)一聴するとその手の田舎へ逃避する音楽に聞こえるのだが、主人公は帰らない。帰りたい帰りたいと叫びながら、都会で暮らしている。主人公を引き留めている何かが都会にはある。涙とため息の数だけ、ふるさと行きの乗車券が溜まっていくのである。いゃ~良いですね。涙が出てきちゃいます。

 このような発想はあの「ふるさとは遠きにありて思うもの」と共通の粋がりであり、日本人のガンバリの原点かも知れない。

 ふるさとは遠きにありて 室生犀星

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食(かたい)となるとても
帰るところにあるまじや

ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや
<小景異情 その二>より

 金沢出身の室生犀星は借金をするため故郷に帰ったが、思い直して帰京した。そのときの歌だそうである。

 さて、ネットにあった 中島みゆきのホームにてを聞いていただこう。
 今は無きブルトレの姿がまた涙腺をゆるめてしまう。(ToT)

 残念ながら、東京生まれの私には、ふるさとがない。いや心の中には残っているのだが、いまは都会の雑踏の中である。日本人のふるさと意識も変わっていくのだろうか。
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