毎日雨ですねぇ。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
沼袋の地名由来を考える 4 丸山
2010年02月27日 (土) "
 中野区沼袋付近の地名に「丸山」というのがある。子どもの頃から不思議に思っていたのだが、あちらこちらに丸山という地名が散らばっているのだ。どこが本当の丸山なのかよく判らなかった。今見てみると新青梅街道沿いに東から、江古田川と妙少寺川の合流点に関東バスの丸山営業所があり、その名を冠したバス停がある。西に坂を登って沼袋駅の北に丸山塚公園がある。その西に丸山小学校があり、丸山一丁目、二丁目が環状7号線を挟んである。
 クリックして別ページで地図を見ていただこう。
maruyama.gif
 で、どうも地図に示したように、昔は沼袋の北の丘の終端部全体を丸山と呼んでいたのではないかと思えてきた。江古田川と妙少寺川に挟まれた丘陵が「丸山」なのであろう。今は松が丘と呼ばれている丘陵は片山と呼ばれていた。東の哲学堂の方面(江戸の町)から見て、全体が独立した山に見えるのが丸山、片方が丘につながっているのが片山だったのではないか。(^o^)

 かって、新青梅街道がこの丸山のふもとまで完成して池袋からバスが通ったとき、終点に「丸山」の名が付いたのだそうで、その名残が関東バスの丸山車庫なのである。そして都営バスもこのすぐ西側の停留所に折り返しの操車場を持っている。そして終点であるから、地元の人にとってはバスの「行き先表示板」に表示される誇らしい地名であったのは間違いない。

 環七の近くの丸山小学校は沼袋や江古田の名を冠した小学校は既にあったので、それに次いで親しまれた地名である丸山をとって名付けられたのであろう。そしてかって行われた地名の整理と変更に際しこの小学校にちなんで、このあたりが丸山の名を継いだらしい。このあたりは古い地名では籠原というのだが、丸山の方が由緒のある名であったのだろう。
 丸山塚公園は、あらたに公園を作るとき、かっての丸山の名と、この当たりにあって江古田原沼袋の戦いの戦死者を弔った塚のよすがとして、名付けられたに違いない。この公園の片隅には豊島二百柱の慰霊碑がある。
 そういう訳で、丸山の名は芯が無くなって、あちらこちらに点在することになったのではないか。親父やお袋が生きていれば確かめることも出来たのだが・・・。(^^ゞ
関連記事


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック