毎日雨ですねぇ。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
今日は吉祥寺から三鷹へ散歩
2010年06月17日 (木) "
 今日は良い天気だと判っていたので、朝から奥多摩でもでかけたいと思っていたのだが、ついノンビリして出遅れてしまった。この間、御嶽山に登ったら、やはり身体の調子が良いのだ。
 それでは近くというところで、井の頭公園の周りを回ることにして、昼に吉祥寺に出て、時計回りに緑のあるところを探して歩き始めた。東南へ玉川上水まで歩いて、岸辺を遡り「三鷹の森ジブリ美術館」まで歩く。そこから三鷹駅へ歩き出して、大正末期の住宅を一軒見学した。
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 「三鷹市山本有三記念館」である。庭園無料、入館300円。
 山本有三が昭和11年から昭和21年まで、米軍の将校用住宅の接収で、いきなり追い出されるまで住んだ家だ。
 建て主は、海外に留学し、教師でもあり文学の翻訳者でもあり、海外へ雄飛した実業家でもある人物が、自宅として建てたものである。海外経験の長い施主が建てたものらしく海外の個人住宅の味わいどころが満載であった。
 この住宅は、昭和26年には接収は解除になったのだが、山本有三の自宅であるという価値が理解されていたのであろう。そのご国から都、そして三鷹市と所有者が変わっていく。そして平成8年から現在の記念館として公開された。
 全体は洋館だが、二階の真ん中のテラスのある部屋は、和室である。窓枠や屋根も何となく和風を感じさせる。
 北側の玄関脇には、暖炉を中心にした天井の低い小さな暖炉部屋があり、夜更けに家族の集まる北国の炉端の生活を思わせる。南にはサンルームや明るいテラスがあり、南方的な戸外での食事も楽しそうだ。
 総じて守られている安心感のある建物である。

 この建物の前は、玉川上水の太宰治が心中事件を起こし亡くなったときに飛び込んだ場所である。現在は景観保全のためにわずかな水が流されているというところで、とても死ねるところではないが、当時は東京の水道の主力として、満杯の水が流れていたのであろう。行き着く先は今は新宿副都心になった淀橋浄水場である。子供の頃遠足で行ったが、あのころは広大な浄水池に水が満々と蓄えられていたな。(^o^)わははは・・・

 三鷹まで、歩いて3時の昼食を摂り、帰宅。
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