毎日雨ですねぇ。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
これは脳の異常でしょうか
2011年01月21日 (金) "
瓢鯰亭健康相談

質問)50代女性です。
 以前から、記憶力が悪くて、子供のころから、暗記物などは、大の苦手でした。
 仕事をしている時、さっきまで処理していた書類が見つからず、探し回ったものでした。
 また、一度に沢山の電話を受けた時など、後で内容をまったく思い出せない時がありました。その頃は自分は忙しいから、忘れるんだと思っていました。しかし、定年退職してゆっくりとした毎日を過ごしている現在、やっぱり物忘れのひどさに自分でも、驚いてしまいます。

 ガスの火などは、必ずと言っていいほど忘れるので、絶対にその場から離れないようにしています。
 テレビを見ていて、トイレに立ったら、見ていた事を忘れて、別の部屋でパソコンを開いたりします。
 最近、自分の名前の漢字の横線が3本なのか、4本なのか迷って、もともと正確に覚えていなかったことがわかりました。手が覚えているものの、きちんと頭で記憶していなかったのです。などなど、きりがないほど、あきれる毎日なのです。

 予防策のために昔からメモ魔ですが、その他にアラームやカレンダーで、とりあえず生活に支障は無いように努力してはいます。しかし、物をどこにしまったのかわからなくて、探しまわっている毎日です。

 ちなみに、視神経の異常か脳が原因か調べる為、MRIをとりましたが、脳の異常はありませんでした。
 やっぱりこの物忘れは異常でしょうか?

回答) (^o^)わははは・・・御同類じゃ。
 私も症状は同じですが、これは問題ありません。
 私も色々考えたのですが、以前より客観的に物事が捉えられるようになったので、あらためて自分を見つめ直して、心配しているだけです。
 
 私も、お鍋の焦げは数知れず、所有しているが所在不明の文物は、狭い我が家に店が開けるほど死蔵されているはずです。小学校の時試験の書き取りで×をもらい、先生にこれは何故×なのだと聞いたら、「よく見てみろ画数が一つ足りない。」と言われました。(^o^)わははは・・・

 これは、「記憶の仕方に問題がある」というか、特殊な個性かもしれませんね。
 物事を真剣に考えるのには、頭の中をその事だけにして、集中する必要があります。これを可能にするために、いろいろな技術があって、気にかかることは全てメモに取り、頭の中の気がかりを無くしておくというのが、最近のビジネス書の中は良く出てきます。
 私たちは、それをメモを取らずにやってしまうのです。(^^ゞ
 気がかりなことがあって、それを始めると、それまでやっていたことは全て忘れてしまう。これは生産性向上のためには非常に良い性格なのです。
 よくえらい研究者のエピソードで、とんでもない失敗や、世の中のことを完全に忘れているような話が出てきますが、これは私たちと同類の思考方法をとっているからです。(^^ゞ

 私たちに欠落しているのは、ある人が「記憶巡回」と言っていましたが、今していること以外のことも周期的に思い出す能力です。これを鍛え忘れて、すでにウン十年というのが、どうも私の実態のようです。

 したがって、これは記憶力の問題ではなくて、考え方の問題です。
 私は、出会った人の名前を覚えられないし、小学校では授業に集中出来ていないと通知簿に書かれていましたが、あだ名は「博士」と言われていました。学校で教えていない知識なら豊富だったのです。自分にとって興味のない事は憶えられないのです。しかし、授業中に先生が言った脱線話なら微細に憶えています。学校ではまだ教えられない最先端の科学の話でした。
 30ぐらいまでは、仕事中も好きなことをしていたので、手帳が無くても困らない程度の記憶力があったのですが、昇進して他人の面倒を見たり、やりたくない仕事を仰せつかるようになって、手帳やメモが必須になりました。
 それでも、部下の女の子から「しらばっくれちゃって、ズルイ!」と怒られました。どうもその場しのぎで答えておいたことをすっかり忘れていたようです。(^o^)わははは・・・
 つまり、忘れるのではなくて、初めから憶える気がない。なにかに取りかかったら、そこから帰ってくる気がないというのが、どうも、この症状の原因と思われるのです。
 また、自分ではそんなことは判っていると思うので、記憶しようと思っていないことも、原因です。

 対策としては、ビジネス書に書いてあることと反対でしょう。ときどき我に返って、これを始める前には何をしていたのだっけ、どういう事を考えていたのだったと、生活を反芻することです。
 私は、昨年から日記を付け始めました。ときどき日記を開いて、スケジュール表に、今までしていたことを思い出して、メモをします。このメモを見て、もう一度さっきまでしていたことを思い出すと、さらに追加すべき事項が出てきます。芋づる式に今日は何が起こっていたのかを振り返るのです。そうすると一日が記憶に残り、いかに記憶をしていないかが判ります。失敗事項も鮮明に記憶されますので、これを見返すことにより、次回の失敗の時には事例集や対策が頭の中に出来ています。
 これをしないと、失敗する度に頭の中が真っ白で、手がかりがありません。残念ながら自分の失敗は繰り返し起こるものです。

 漢字もワープロばかりではなく、日記を付けることで忘れている漢字、憶えたつもりで憶えていない漢字、読めるが書けない漢字なと沢山発見できます。これを気が付かずに放置しておくと、ある日突然自分が馬鹿になっていると気が付きます。

 そんなわけで、なまじ経験豊富に歳を取ったので、若い頃は自分が未熟者だと思い知らされる場面で、「あ、ボケた」と思うのでしょう。(^o^)わははは・・・

 若い頃からそうだった人は、いまさら気が付いても、なかなか性格はなおりませんから、せめて若い頃と同じように、真剣に毎日に取り組みましょう。若い頃ならお鍋を焦がしても、粗忽者という性格の指摘になったのですが、いまさら粗忽者でもないので、「(^o^)わははは・・・ぼけてしまった。」と誤魔化しているわけです。

 お大事に。(^o^)わははは・・・

お礼)>つまり、忘れるのではなくて、初めから憶える気がない。なにかに取りかかったら、そこから帰ってくる気がないというのが、どうも、この症状の原因と思われるのです。
 >また、自分ではそんなことは判っていると思うので、記憶しようと思っていないことも、原因です。

そういえば、そのとおりです。
マイナスだけど、プラスも含めた、能力のようなものなんでしょうか。
同じような、人がいるんだととてもホッとします。
ホッと、したところで、私の情けない現実の解決にはなりませんが、
おっしゃるように、日記を書いたりして、失敗を記憶にとどめるように心がけてみます。

そして・・・(^o^)わははは・・・私も、笑ってみます。
ちょっと、楽しくなった。。。

ほんとうに、ありがとうございました!!

蛇足) 憶えているのが当然だというのは、人間に対するかいかぶりであろう。もともと記憶をしないで「当面の判断」で動いているのなら、鶏だけでなく、人間も三歩歩けば、記憶にない。
 思い出して今日のスケジュール帳を記録で埋めようと思うと、何をしていたか判らないと言うのは、ごくごく普通ではないかと思う。目の前にあることだけ見て動き、過去のことなどは気にしない。生き物というのは基本的にそうだから生きていけるのかも知れない。(^o^)わははは・・・
 だから正しいのは、「大事なことは全て記録すべきである」と言うことだ。冬物衣料を何処へしまったかは、繰り返し見える「かたち」に記録しなければならないのである。これが「記憶をつくる」ことになる。
 関連事項タグ:#記憶力
関連記事


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック