毎日雨ですねぇ。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
沼袋の地名由来を考える 5 池袋
2011年03月06日 (日) "
 このところ、NHKでブラタモリという番組をやっている。どんなに都市開発が進もうと、どこかに露出する歴史の痕跡を、ブラリと散歩しながらタモリが発見していくという趣旨だ。町の中に尾根筋や川筋を探すなど、私が普段やっていることをタモリがやっているのだが、これが自分の姿を見るようで、一寸恥ずかしくて見ていられないところがある。(^o^)わははは・・・

 1月27日の放送では、池袋が対象になっていて、池袋の地名の由来が取り上げられていた。(^^ゞ

 以前、私は「沼袋の地名由来を考える 1」で以下のように書いた。

 西武新宿線に沼袋という小駅がある。私の最寄り駅なのだが、この「袋」という名称には昔から興味を持っていた。近くの池袋とは「袋」つながりで、何かあるのだろうか。調べてみると、袋というのは何かを入れると膨らむ訳で、何かが途中で膨らんでいる地形を「袋」と言うらしい。すると沼袋は「沼が膨らんでいる所」という訳で、地名解説では水が溜まって湿地が有ったからであろうということになっている。

 それ以来、気になっていたのは、池袋のほうの「袋」はどこにあったのかということだ。
 西口のメトロポリタンプラザの西側に元池袋史跡公園というのがあって、ここが地名発祥の地だという碑があるのは私も知っている。しかし、ここには確かに丸池という池があったのだが、実は雑司ヶ谷村の北部の水源地であり、池袋の地名発祥の地のはずがないと私は思っていた。
 タモリがここに来たので、オイオイ民放じゃあるまいし、そんな手軽な番組にするのかよと不安に思ったが、案の定タモリは納得せず、現在の駅前から北の方に遠く離れた本来の池袋村の中心である池袋本町へ移動した。今の池袋駅は昔の村はずれの台地の上なのだ(^o^)わははは・・・
 ここには私も好きな古い大きな商店街が残っている。さらにそこから川の跡の暗渠の上の道をたどって、タモリは北へ移動する。この川筋あたりが昔は多くの田があったあたりらしく、その下流には私の見覚えのある橋の欄干の痕跡が出てきた。

 これは、板橋区板橋一丁目2の「板橋区立谷端川緑道」である。ここが谷端川に池袋方面からの川が合流していた場所である。さらに「袋」には、川と川が合流している所という意味があると、豊島区立郷土資料館学芸員の秋山伸一さんから説明があった。
 ということで、意外にも一駅離れた埼京線の板橋駅の西側が、池袋の地名発祥の地ということになりました。(^o^)わははは・・・

 この谷端川というのは、板橋区大谷口の板橋高校あたりの千川上水からの分水を水源として、椎名町をとおり環状6号線を潜った後、6号線に沿って北上して板橋駅下を東進して、池袋駅のある台地を大きく取り囲むようにして流れている。この板橋駅のあたりは、池袋駅のある台地に谷端川が行く手を遮られていた場所で、地形的には東武線の車庫にかけて平坦な地形があるので、昔はここが湿地になっていて、雨が降ると大きな池が出来ていたのかも知れないと思った。

 この地形は「沼袋」が哲学堂のところで妙少寺川が先を絞られてよどみになっていた地形と酷似している。
 私の沼袋の場所推定とも内容的に合致していて、満足すべき内容だった。ここに記録しておこう。(^o^)わははは・・・
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