早くも秋深し。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
部屋の片付けは修行だ!断捨離・・・ 
2011年04月25日 (月) | 編集 |
 話題となっている「断捨離」の本を一冊借りて読んでみた。

 著者は片付けコンサルタントを名乗っている。片付けられない人の相談に乗り、共に片付ける仕事なのだそうだ。
 私も感じているのだが、片付けられないのは、「モッタイナイ精神」の問題なのである。片付けを拒否する心、邪魔をする心が、自分の中にあって、それを何とかしないと、すぐ脇道にそれてしまう。肝心の片付けが始まらなのだ。

断捨離で日々ご機嫌に生きる知恵 「片付けの技術」を著者は「断捨離」というヨガの行として説明する。
 我々は、この時代に始まった便利な物質社会に住んでいる。世の中に便利な物が溢れ、所有すれば全て解決するとCMは呼びかけている。しかし次から次へと所有しても、必要とされる物は際限なく増えていくのだ。
 物質だけではない。情報も溢れているし、人間関係も増えるばかりだ。有益な物を集めれば、我々のコントロール能力を超えてしまう。(^o^)わははは・・・
 多すぎてどうして良いか判らない状態になるのだ。

 一つ一つを見ると無駄ではない。しかしそれらを全て使うことなど自分には出来ないのだ。
 著者は言う、「万人に通用する常識的な考え方=他人の考え方」を切り捨てよ。自分の必要とする物、自分の好みの物だけを所有せよと、
 高いから、安いから、評判がよいから、そういう自分に不忠実な考えを捨てよと、
 そして言う。今の時間を生きている自分にとって必要な物を知り、それだけを所有せよと。
 思い出の品=「過去」も捨てよ。過去の自分は、心の中にあればよい。物質的な証拠品を残すなと。
 そして言う「想像できる自分の未来」のために所有するなと。
 我々は、沢山ある未来から一つしか選べない。未来に対する泊然とした「不安と備え」は不要な所有の根源であると。

 そうなのである。
 現在の生活に本当に必要な物はごく僅かなのに、我々は莫大な不要物を自分の精神安定のために欲しているのだ。

 心の安定を他に求めれば、物質はゴミとなり捨てられる。(^o^)わははは・・・
 著者の言う「断捨離」はヨガの行である。
 仏法にもその精神は生きている。
 自分に不要な物は、新たに自己の管理下に置かないで「断つ」。不要になったら「捨てる」。そして所有する欲から「離れて」、自由になる。

 心を煩わせるものから離れて、自分の本当の気持ちに忠実に生きれば、身の回りの物は減って行き、部屋の中は片づき、精神性の高い生活が待っているのだ。

(^o^)わははは・・・判ってはいるのだが、業が深くて、ゴミに埋まって死にそうだ。
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