早くも秋深し。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
知は力 
2011年09月04日 (日) | 編集 |
「知は力」、正確には「知識は力なり」
イギリスのフランシスコ・ベーコンの説に基づく格言である。
人間の自然の法則を知り、それを利用することで、発展してきた。文明の進歩とは、知識の量であり、人間の力の拡大は知識の拡大なのである。と言ったところだろうか。
 私も、若い頃は素直に、知れば世の中を変える力が生まれ、多くの人が知れば、世の中は変わると思っていた。
 その信念は変わらないが、知ることがこんなに困難になるとは思っても見なかった。最近は知る度にため息が出る。(^o^)わははは・・・
 「策士策に溺れる」という言葉がある。 「策略を立てることが巧みな者は、策略に頼りすぎて物事の大局を見失い、かえって失敗する。」 ということだが、要するに知識があるものは、その適用を誤りやすいと言うことであろう。特に欲が絡むと、人は誤りやすい。知識は大局を読む力があってはじめて役に立つが、少々学んだぐらいでは、なかなか大局の理解にはたどり着けない。(^o^)わははは・・・

 学生の頃、先生のお手伝いをして、計画書や報告書作成などの手伝いをしたことがあるが、知識や情報の内、都合の良いものばかりを継ぎ足して、計画を推進する本に仕立てたものである。まあ世の中右肩上がりで、どんどん発展している内はそれで良かったのであろう。欲に目がくらんでいても、世の中がその方向で動いていたから大きなそごは発生しなかった。(^^ゞ

 しかし、原子力発電所の事故を思うにつれて、人類は欲に目がくらんで、大局を見失い。とんでもないことを始めたのかも知れないと思っている。
 例えばもともと自然界には存在しないプルトニウムである。原子力発電で、生成されるプルトニウム239は、半減期2万4千年だ、α線を出して、ウラン235ができて、この半減期が7億1千万年だ。これもα線を出して、さらにトリウム231になる。この先は省略するが、最後の単なる鉛になるまでには、途方もない時間がかかる。
 一度自然界から取り出した放射性物質は、人間の生命感覚から言えばこれはもう無くならない。永遠に安全なものには出来ないのである。

 そして、α線というものは、人体の中では飛距離が細胞1個分とかしか飛ばないので、外部からは全く計測できない。しかし、そこに大きなエネルギーを発生させるので隣接した細胞のDNAには大きな損傷を与える可能性がある。
 結局人間は、自分で最後まで管理できない物騒なものを、電気を多めに使いたいという欲から、解き放ってしまったのではないだろうか。

 現代は、大局が見えないのを良いことに、愚かなことが大手を振ってまかり通る時代になっているような気がする。知の上に「やまいだれ」がついているのだ。痴は単なる無知だけではなく、「仏の智慧がなく、心が迷い、物事の真理を理解できないこと」なんだそうである。

 情報を読んでいて思うのは、どうでも良い知識を、新知識として、ここだけで教える情報として、売り込む手合いの多いことだ。そして、情報の多くが孫引き、ひ孫引きで、その洪水の中に、本当のことは埋もれてしまっている。有益な情報はその存在を予測し、自分で発掘しなければ、我々の手元には届かない。
 これは、昔と少しも変わらない。(^o^)わははは・・・
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