早くも秋深し。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
一寸先は闇(2) 
2011年12月16日 (金) | 編集 |
 なぜ、一寸先が闇なのかというと、我々が知っている常識の世界の外側から、ある日「とんでもないもの」がもたらされるからだ。前代未聞、想定外のものこそ、新しい時代を決定づける新しいトレンドとなる。

 今までの社会の動きを見てみると、今後の社会の動きは現在の古いトレンドの延長上にあるとは考えられない。
 かならず、次の「とんでもないもの」が登場するだろう。色即是空、空即是色 全ては遷ろう者であり、この世に確固たる者など無い。(-人-)チ~ン
「とんでもないもの」は悪い物ばかりを言っているのではない。
 例えばパーソナル・コンピューターだ。これは、大型コンピューターを創った人も、パーソナル・コンピューター心臓部たるCPUを創った人も、だれも想像していなかったものだ。机に載る「個人持ちのコンピューターという使い方」が、ある日突然出現した。そしてあれよあれよという間に、この世は小さなコンピューターが支配する世の中になったのだ。
 いまや、電話も自動車もテレビもカメラも全てコンピューターが姿を変えたものである。

 しかし、「とんでもないもの」が良い物であっても、大変革が起これば、次々あらゆる分野で起こっていって、我々が知っているどんな組織もちょっと配慮を怠れば、この大津波に飲み込まれて姿を消してしまうことになる。今日の変革の担い手も、明日は大波にのまれる運命だ。パソコン普及の立役者IBMはパソコンから撤退したし、生みの親Appleも潰れる寸前までいった。
 この波を掴んだ者は、例えばジョブスやゲイツのように大成功を納めたが、彼等とて生まれた年(2人とも1955年)が、五年ほど違えば、この波に乗ることはできなかっただろう。彼等は若くて何も知らないからこそ、この目の前に現れた大波に乗ることができたのである。

 私の親父はコニカというフィルムと写真機の(日本最古・業界の中心的)メーカーに勤めて一生を終えたが、その後のデジタル化でフィルムも写真機も商売にならなくて、コニカはこの事業から撤退した。撤退の10年ほど前までは想像もできなかったことである。

 小市民とて、次々と現れる「とんでもないもの」に翻弄される時代であることは、間違いがない。時代の先を読むことは大切だが、それはとてつもなく難しい時代にもなった。
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