毎日雨ですねぇ。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
運は人が作る
2012年01月12日 (木) "
 私の好きな歌の一つに、さだまさしの無縁坂がある。「♪~運がいいとか悪いとか、人は時々口にするけど、そういう事って確かにあると、あなたを見ててそう思う。~♪」以前はカラオケなどでも歌ったものだ。

 人生、何が原因でこうなったかは、よくは分からないものであるから、とかく人は運の所為にしがちである。歌の世界は、耽美でよいが、現実ではそうはいかない。(^^ゞ
 格差が広がる社会であれば、それだけ理不尽な格差を感じることは多くなる。しかも、世の中不景気で、地震に原発事故と良いことがないので、一人一人の努力では良い結果が出ない時代になった。だから「自分は運が悪い」と思っている人が今の世の中、きっと多いのでは、ないだろうか。

 運が悪いと言う事例は、どのようなものであろうか。例えば、これから良くなる予想がある時に、それを暗転させる不幸が襲うということがある。「好事、魔多し」である。
 運のいい事例は、例えば、思いがけないところから自分の得意分野を生かせる話が転がり込んで、それが思いがけない大成功を導くなんてことがある。これらの「運」というのはなぜ起こるのだろうか。単なる確率の問題なのか、それとも何かの理由があるのだろうか。

 たとえば、雷に打たれるとか、飛行機事故に会うなどというとんでもない不幸や、拾った宝くじに当たるといった幸せは確率の問題といっても良いだろう。しかし、多くの場合「幸運」は確率ではなく、特定の人に当たるのである。世の中には幸運がうろついているのだが、多くの人はそれに気付けないし、それを生かす条件を持っていない。それが幸運だと気付く人だけが幸運を掴めるのである。
 だから日常的に我々は幸運とすれ違っているのだが、幸運を見抜いて、彼の前髪をキャッチするには、幸運に出会うまでそれを求め続けていること、真剣な熱意が必要なのだと思う。「棚ぼた」は無いのだ。(^o^)わははは・・・
 一方、「不幸」は各自が飼っているものらしい。そいつは油断をしていると、周りの不幸を呼び集めて、飼い主をいじめるのである。不健康な生活や不正な欲、悪意や猜疑心は直ぐ群れて来て、人はそれに染まるのである。(ToT)トホホホ・・・

 これらの運は、良いものも悪いものも、人が運んでくるようだ。良い運を運んでくる人は、明るく元気で自分の信頼できる人のところに、チャンスを置いていく。悪い運を運んでくる人は、暗く沈んで悪運のカモになりそうな人のところに、つまづきの元を捨てていく。

 だから、運は人が作るものだ。野心的で積極的で、真摯な気性を持って、友を選び広げていけば、幸運は舞い込んでくるし、世をすねて怪しい交わりを増やせば、不運が付いてくる。
  (V)。y。(V) フォッフォッフォッ・・・
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