柏崎を歩く

 3月1日から青春18切符のシーズンに入っていて、切符も買ってあるのだが、なかなか足が踏み出せない。17日から夜行の臨時列車も走り出すので、とにかく席を取りにいったら、既に満席状態で、今シーズンは新潟行きの「ムーンライトえちご」しか取れなかった。(^^ゞ
 それから計画を建て始めたのだが、この列車では、すでに北の方には何度か行っているので、南の越後線に乗ってみることにした。

 18日の朝5時前に新潟着、すぐ始発に乗り換えて、弥彦山の下を通って、新潟から柏崎まで2時間である。天気は雨だ。(ToT)

 日曜の朝7時から、柏崎を歩き出したが街が寂しい。(^^ゞ 雨も降っているし、冬の休日で人が居ない、そりゃ当然だが、町並みに異様なほど活気がないのだ。寂れていた秋田の横手に比べれば、道も整備されているし立派な公共施設も、立ち並んでいる。だけど民間の活力が感じられない。・・・
 海岸まで出ると、いかにも造園設計事務所がデザインしましたという感じの海水浴場公園が雨に打たれていた。

 そこで、どうせ寂しいところならと西山に向かうことにした。柏崎の5駅手前の無人駅だが、ここも今では柏崎市内である。実は行くまで全く考えていなかったのだが、ここは親父の生地である。爺さんが石油掘削の技師をしていたので、親父の兄弟は当時石油掘削ブームであった新潟県内生まれである。どんなところか土地勘を作っておくのも悪くはあるまい。(^o^)わははは・・・

 結局霧雨の中を防水の山靴で歩き回って、午後2時半の信越本線長岡行きで長岡に出て、新宿に8時半に戻った。 調子が良ければ、柏崎に午後5時頃までいるつもりだったのだが、ちょっと残念である。(^^ゞ

 帰ってから、いろいろ調べてみると、西山で私が歩き回ったのと親父の生まれた場所は大分見当違いだったようだ。(^o^)わははは・・・ 
というのは、駅は西山なのだが、親父が生まれたのは新潟県刈羽郡刈羽村滝谷で、柏崎市西山町ではなかったのだ。駅の直ぐ西だったのだが、駅から東へ歩いてしまった。まあ、田舎町だからそれほどは違わないけれど。
 今後のために、その場所の地図と航空写真を載せておこう。
親父の生誕地と柏崎刈羽原発

 この航空写真の「右の上の(A)」が、戸籍簿にある親父の生地である。大正8年頃にはじいさん・ばあさん・おじさん・おばさん揃って、ここに住んでいたのだ。そのうち本気で再訪してみよう。
 そばの西山駅の北側には、二田小学校というのがあるが、ここが「新潟のドン田中角栄」の学歴にある二田高等小学校なのであろうか。角栄は親父の同学年の生まれで、同じ頃此処を走り回っていたようだ。

 そして、裏山の続きを見て、おどろいた。左下が柏崎刈羽原子力発電所である。旅行中は全く見えなかったが、こんな近くに有ったのですね。(^o^)わははは・・・
 そして、柏崎市が妙に公共施設ばかり立派なのに、活気がないのか判ったような気がした。庶民の税金も使い道のかぎられた、交付金事業につぎ込まれてしまって、自分たちの税金を自分たちのために使えなくなっていたのではなかろうか。原発が止まれば、あれでは維持管理費だけで、市財政が干上がってしまうぞ。(ToT)トホホホ・・・ 
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