暑くなってきましたね。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
自民党は何を考えているのか
2013年04月27日 (土) | 編集 |
 またまた、例のごとく阿部君が中国・韓国を刺激して、対外関係は悪化している。(^^ゞ
日本の輸出も輸入も両国との関係なくしては成り立たず、既にアメリカを抜いて、最重要の相手国になっていて、さらに最近隣という地理環境から、それでなくても軋轢が多いのに、わざわざ事を荒立てるのは本当に得策ではない。

 自民党が本来保守なのは判っているが、以前の自民党はそこの所を適当に覆い隠して、国民大多数の支持を獲得していたと思う。しかし戦後経済を牽引してきたプラグマチズム(実用主義)が不況で力を失うと、偏狭な国粋主義が露呈されるようになった。

 自民党が昨年発表した日本国憲法改正草案が、前文の「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、」から始まるように、その思考方法は戦前の国家デザインに戻ろうとしている。
 しかし、この発想は、その表現とは異なり、日本の正確な歴史観に基づくものではない。
 この発想は、江戸時代末期の平田篤胤(1776-1843)を始祖とする偏狭な平田神学の発展したもので、これまで尊皇攘夷・廃仏毀釈・国家神道・靖国神社・八紘一宇の精神・大東亜共栄圏と展開してきた、いわば日本的「原理主義思想」であり、極めて危険なものである。

 平田篤胤は本居宣長の国学を学んで復古神道をおこし、それまで歴史に埋もれてきた古事記や日本書紀をベースにした斬新な「日本観」を著述した。これにより幕末の尊皇攘夷の運動の思想的中核となったのである。
 なぜ、彼の思想が当時受け入れられたかと言えば、徳川政権末期の閉塞状態のなかで、欧米列強のアジア侵略への脅威に対抗する日本独自の精神的支柱が求められたからであろう。

 平田は海外のこともよく勉強していたが、鎖国中の小国が外国におびえる中で、形成した思想は、日本のオリジナリティに過度にこだわった。例えば日本の歴史の中で長く培われてきた仏教思想を外国の思想として排撃し、これらの成果を日本独自のものに作り変えることに拘泥した。

 だから思想的に言えば、この自民党の思想源流は幕末期からの新興宗教である。この新興宗教は、明治維新の思想的大スポンサーとして、明治政府から破格の待遇を受け、日本各地の神様を国家神道に糾合統一することに成功して、敗戦まで一世を風靡したのである。

 日本人が、この国家観を勝手に日本古来のものと思っていても、海外の人たちはそうは見ない。あまりこの国家観を振り回せば、第二次世界大戦でこの国家観と戦い、勝利し撲滅したと考えているアメリカを含め、世界の各国がネオナチズム以上に危険な潮流として、対応してくることは目に見えている。

 日本の政党は、もともと思想性がないところが多いので、自党の根幹になる思想をこういうところに求めがちで、はなはだ危険な状態がしばらく続きそうだ。
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