早くも秋深し。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
昼飯はナポリタン 
2013年07月25日 (木) | 編集 |
 早くて、安くて、簡単で、旨いので、私は麺食いである。自分で用意するなら、朝はパン昼は麺というパターンが多い。夏は冷えたうどんや素麺では栄養がもの足らないと言うときは、スパゲッティの出番である。以前はイタリア式のスパゲティを作っていたのだが、最近はナボリタンにはまっている。
 本格的な外国料理も美味いけれど、日本で定着している外国料理は、日本人が手を加えて、日本人の感性で磨き上げられているので、これは馬鹿に出来ない美味に仕上がっていると思う。

本日のナポリタン

 イタリア人のパスタ料理は、オリーブオイルで合えるのであって、炒めるものではない。またトマトケチャップという調味料はイタリアにはない。しかしナポリタンの旨さはケチャップを炒めるところにあるのだ。(^o^)わははは・・・

 今日の料理法を書いておく。豚のバラ肉を塩豚にしておいたものを棒状に刻んで、中華鍋に入れて、オリーブオイルと供に加熱し、豚の脂の旨さを引き出しておく。ここにタマネギを加えて焼き付け、ピーマンとニンニクのすりおろしを加えて混ぜ、さらにケチャップを加えて、しっかり炒める。
 茹で上がったスパゲッティをこれに加えて、味を麺に吸い込ませながら加熱して、煽り炒めにする。最後に皿に盛って、粉チーズを振る。これが今日の簡易型ナポリタンだ。

 本当は、具材にカットトマトの缶詰を加えて煮込んだり、煽る前にピザ用のチーズを混ぜ込んだりすると、味にコクが出てぐっと美味になる。

 ナポリタンの出自については、最近はうそが横行している。原因は軽薄な「イタメシ」ブームが終わって、ナポリタン見直しの契機が生まれたときに、いち早く出されたある蘊蓄本とそれを鵜呑みにしたテレビ番組やネットの書き込みにある。読み物として面白く作られた内容が、事実として相互に引用され、史実が覆い隠されるような事態になってしまったのだ。戦後のアメリカ進駐軍と横浜のニューグランデの件は、起源ではなく一時代のエピソードとして記録されるべきものである。
 今年になって、Wikipedia等の誤った記述にも、批判のノートが記入されるようになったので、早く正しい歴史が書かれることを望む。

 私の理解しているところでは、ナボリタンはイタリアから日本に入った料理ではない。もともとはフランス料理の付け合わせの「スパゲッティのナポリ風ソースあえ」であるようだ。いわゆる「フライの添え物で付いてくるトマト味の副菜」で、大正期の古い料理本にも、「ナポリテーヌ」として登場している。

 このナポリテーヌが食堂で単品として登場し、それが中華料理のような鍋振りの炒め物に何時なったのかは、よく判っていない。文献的には、『古川ロッパ昭和日記』昭和9年12月22日に、 三越の特別食堂でスパゲティを食べ、“淡々たる味で、(ナポリタン)うまい。"と書かれているので、この時点では単独の料理として供されていたようだ。
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