暑くなってきましたね。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
ナポリタンは喫茶店の食文化である。
2013年07月27日 (土) | 編集 |
 先日は昼飯にナポリタンを作った勢いで、頭の中に長らくあったナボリタン論を勢いで書いてしまったのだが、よくよく考えてみると重大な視点が欠落していることに気が付いた。
 ナボリタンの出自に目が向きすぎていて、フランス料理のナポリテーヌが、現在のナポリタンに変身した時期を「このナポリテーヌが食堂で単品として登場し、それが中華料理のような鍋振りの炒め物に何時なったのかは、よく判っていない。」などと簡単に流してしまったのだ。
 実はここが最も肝要である。戦後のホテルニューグランデまでの段階では、まだナポリタンとして完成してはいないのである。戦後の昭和20年代までのナポリタンは、スパゲティをトマトソースで絡めたもので、ロッパが言うように「淡々として、」「やや水気が切れない」ものだったのである。

 それではどこで、変化が起きたのか、それは専門家のいるレストランではなく、素人の経営する喫茶店ではなかったのだろうか。これは根拠のない推論なのであるが、有る程度調理済みの食材をササッと温めて、提供するためにはフライパンで温めることが多い。洋食屋で作り置きしたナポリテーヌは少しスープを加えて温めなおして提供されていた。これを見た素人がフライパンで炒めて作ると勘違いしたのではないかと思うのだ。(^o^)わははは・・・

 昭和の喫茶店は、少しオシャレな社交の場であり、軽食として洋食が提供されたが、それは誰でも簡単に作れる必要があった。そこで代表的なメニューがサンドイッチとナポリタンなのである。ナボリタンの調理法は素人が料理することによって、炒め物に変化したのではないだろうか。だから管理の面倒なトマトソースではなく、ケチャップが用いられ、日持ちのしない魚貝や肉類ではなくハムやソーセージといった加工肉が使われたのだ。時代はまだ冷蔵庫の普及しない昭和の20年代である。日持ちのする食材を、切って混ぜてフライパンで炒める「素人コックの簡易ナボリタン」は、喫茶店にとって有り難いメニューだったのではないだろうか。

 考えてみれば、甘ったるくて濃い味付けは、B級メニューの特徴であり、一流料理人の作るものではなかったのである。それゆえ誰が作り出したというようなことは記録に残らない。アメリカ文化の大量流入の中で、大衆の好みに合わせて、見よう見まねであっと言う間に普及したに違いない。この料理はレシピなど無くても、うわさ話を聞いただけでも作れる判りやすい料理なのである。(^o^)わははは・・・
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