暑くなってきましたね。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
「はだしのゲン」は子供に読ませるべきか
2013年08月30日 (金) | 編集 |
 漫画「はだしのゲン」について松江市教育委員会は去年12月、一部に過激な描写があるとして、子どもが図書室などで自由に読むことができなくなる「閉架」の措置を小中学校に要請していましたが、26日に開かれた教育委員会の会議で、「要請が事務局だけで決定されるなど手続きに不備があった」として、要請の撤回が妥当だとする結論をまとめた。
 これは、当然の処置であるが、単純に議論を避けたという結論でもある。「はだしゲン」が学校図書館におかれ、子供達がこの漫画に触れることの価値や、今回の事件に含まれる問題点が明らかにされたわけではない。

 さて、私個人の事情からいうと、私ははだしのゲンをちゃんと読んではいない。私は高校時代前後を広島で暮らし、原爆の遺跡を見て回り、原爆の文学も読んではいる。もちろん漫画は大好きであった。(^^ゞ はだしのゲンが少年ジャンプに連載されたのは、大学生の頃であった。ジャンプが急成長してマガジン・サンデーの少年漫画誌2強に並んだ頃だと思う。
 実は、私は気が弱くて、重たい話が苦手である。これまでも、知人が重病で余命幾ばくもないから、今のうちに会いに行ったほうが良いなどと言われると、返って行けなくなってしまうのである。「はだしのゲン」は私には少々重すぎる話であった。作者の自伝的漫画であり、原爆のリアルな描写があり、作者の芸術家的怨念も十分籠もっているのが感じられた。(^o^)わははは・・・

 この作品が連載されていたときの読者の評価はそれほど高い物ではなかった。内容にも賛否があり、ジャンプ発行元の集英社もあえて単行本化しなかったのである。この作品が現在残っているのは、この作品を評価し人類の財産として残そうとした人々に寄るところが大きい。

 初めは当時のジャンプを一流誌に押し上げたカリスマ編集長の強力なプッシュであろう。販売に貢献しない作品は遠慮無く切っていった編集長がこの作品だけは、特別に連載をプッシュしたのである。この作品のジャンプでの連載は編集長の交代で終了する。
 単行本は、社会科学書の刊行が多かった汐文社だった。その後の連載はオピニオン誌の「市民」、日本共産党の「文化評論」、日教組の「教育評論」と左翼系の論壇誌となる。
 これらの連載も出版社側から要望があって、作者がそれに応えたわけではないと、私は思う。中沢啓治のライフワークとしてこの作品を発表し続けさせなければならないという思いを持つ人々が、あれこれ工夫をして、発表の場所を確保し提供したのであろう。

 こういう、内容を持つ本だから、気軽に読むとかなり深い傷を負う。これはその人によって、かなり違うはずだ。良い本だから読めとは軽々に言えない。覚悟ができたときに読むべきなのである。小学生で読んで人生の指針に出来る人もいれば、いい歳をして、心にトラウマを抱えてしまう人もいるだろう。だから図書館の隅にひっそりと置かれていることが重要だ。読みたい人が、読みたいときに手に取るべきものである。

 図書館の図書について、一律に読むべき本とか、読むべきでないとか論じる人が居るが、本とはそういう物ではない。本は心や好奇心が求める物であり、本人の条件が読む物を決定する。私の例で言えば、子供の頃読んでいた本は子供の読む物としてはかなり問題があった。(^o^)わははは・・・大人が隠しても読みたい物は見つけて読むし、読みたくない物は読まないのが人間という物である。
 あえて、悪書を図書館におく必要はないが、内容に問題があっても、価値のある物は手に取れるようにしておくのが、正しい図書館のあるべき姿である。
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