早くも秋深し。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
手帳と日記帳の違い 
2013年11月03日 (日) | 編集 |
 「一日一頁の手帳」というと、ほぼ「日記帳」だという話は良くある。実際日記帳の棚にあるもので、「一日一頁の手帳」と言っておかしくない物も多い。それに外国の手帳はたいていDiaryと英語では書いてある。日本では手帳と日記帳は違う物だが、外国では区別していないようだ。Diaryはもともと日々の覚え書きという意味だから、日本語では日記帳に割り当てられる。日本人は日記帳から、手帳という日本独特の概念を派生させたものと思われる。

 手帳を和英辞書で引くと、notebook又はpocketbookと出てくる。つまりメモ取り用の小さな冊子という事になるようだ。しかし日本語の手帳には、もっと多くの意味があるようである。現代の日本人の考える手帳とは、自分の行動を律しているスケジューラーと言うところであろう。しかし、これも比較的新しい概念である。

 さて、私のような団塊の世代が若かった頃は手帳と言えば、生徒手帳であり、その親父世代は社員手帳もしくは職員手帳を使っていた。テレビドラマの中では、刑事がちらつかせる警察手帳が黄門様の印籠並みに幅を効かしていた。これは所属する団体の構成員であることを示す、ある意味その人のアイデンティティを示すものであった。これらの手帳には、その構成員が日々守るべき規範が書いてあり、常時携帯が義務づけられたりしていたのである。 生徒手帳の中身は、身分証、校則等の便覧、メモ欄だったと思う。日本人はこの手帳によって、備忘録を常に持ち歩き、集団内での予定を記入し日々確認する癖を身に付けたのであろう。

 この手帳をさらに遡ると、戦前の「軍隊手牒」という物がある。これは明治天皇の軍人勅諭と軍人の守るべき行動規範、本人の所属遍歴などが記されていたらしい。
   軍隊手帳
 これには、メモやスケジュール欄はないが、団体の構成員が持つ手帳の発生時の代表的な型と言えるだろう。明治の初めには、すでに外国のダイアリー形式の「懐中日記」という日記帳も発行されていたらしいから、身分証明書としての手帳と懐中日記が一体になって、のちに所属組織によって全員に支給される便利なメモ頁付きの手帳となり、これをもとに構成員を訓練して、約束を守ることを当然と考える手帳好きの民族に育てたことには、間違いないのではないだろうか。なお、「牒」とは、帳面のことではなくて、公文書を意味する語である。

 軍隊手牒を更に遡ると、江戸時代の検地の役人が所持していた測量野帳である手控え帖に行き着く、略して手帖という。これはいわゆるnotebookである。日本の「手帳の語源」はこのあたりにありそうだ。

 しかし、日本人が所属組織にアイデンティティを求めた時代が終わり、個々人がアイデンティティを構築しなければならない時代になって、日本人は日々の生活記録を残していく手帳の中に、自分らしさを確認しようと試みはじめた。ライフログやデコ手帳が、生涯を預けるには頼りにならなくなった会社に代わって、精神的安定の基礎になり始めたのである。(^o^)わははは・・・

[結論]手帳は日記帳の一種ではあるが、大きな違いは、現在の予定を未来の自分に向けて書く備忘録であり、日記帳は現在の事実を未来の自分に向けて書く備忘録であるというのが、実務的な相違点なのであろう。だから、人が身の回りの多くの記録を取るようになれば、両方にまたがることになる。両者は使い方の違い、つまり利用者の意識の違いといえるだろう。

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