暑くなってきましたね。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
花巻の軽便鉄道
2014年02月01日 (土) | 編集 |
 でかくて、立派な物より、人間サイズで、親しみのある物が好きである。自動車も排気量1000cc以下、車重1t以下がよい。飛行機は単発単翼、船はカヌーである。(^^ゞ
 当然電車はナローゲージーの軽便鉄道だ。
 新幹線などの国際的標準ゲージは1.435mである。日本はミディアム・ゲージと呼ばれる1.067mが主流だ。そして、その下に軌道幅0.762mの軽便鉄道というサイズが数多く作られていた。

花巻電鉄鉛線のうまづら電車 写真は先日見てきた岩手県花巻市の公園に保存されている花巻電鉄鉛線のデハ3である。鉛線は、花巻から郊外の鉛温泉を結んでいた路面電車である。通称馬面電車と呼ばれていた。
 何故馬面電車と呼ばれるかというと、電車の横幅が狭く正面から見ると間抜けな馬面に見えるからである。(^o^)わははは・・・
 車体幅は、わずか1.550mだ。つまり小型自動車の全幅1.700mより小さいのである。しかも、前後は急カーブを通過するために乗降ドア部分から先細になっている。高さは3m以上あるから前面が馬面になるわけだ。
 この電車が馬面になったわけは、幅5mも無い県道を走る併用軌道だったからである。車線に余裕がないので、車体限界が1.6mで押さえられていたのだ。これが自動車と併走していたのだからかなり無理がある。
 この路線は大正期に馬車鉄道から始まって1969年まで走っていた。当時は他に専用軌道の花巻線や銀河鉄道の夜のモチーフになった岩手軽便鉄道があり、国鉄花巻駅の駅前から発車していた。現在も駅を出ると駅前広場の右手に繋がって細長い広場があるが、ここが軽便鉄道の集まる駅だったのである。

 鉄道は線路の幅さえ整備すれば、安全に大量の物資を安価に輸送できるので、資本主義の勃興期には重要な役割を果たした。その中でも軽便鉄道は山がちで地形に沿って建設する必要のあった地方鉄道には有りがたい存在で各地に独自の鉄道が造られていたのである。経済が発展すると、こういう適当で曖昧な物が失われて、立派な物だけになるが、それとともに経済も拡大が止まり停滞期にはいる。それが歴史というものらしい。
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