早くも秋深し。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
モッタイナイとケチ 
2014年04月06日 (日) | 編集 |
 さて、1枚1円のコーヒー用紙フィルターを、洗って再使用というと、「モッタイナイ精神」の発露として評価してくれるか、そこまでやるかこの「ケチ」とけなされるか。 人の見方は大きく分かれる。(^o^)わははは・・・

ところで、モッタイナイは「勿体ない」と書くのだが、この勿体とは何だろうか・・・。
 調べてみると勿体は日本仏教の哲学用語で、もとは「物体」と書いて物の本質的な価値を示したらしい。物は、猫とか時計と言った特定の形質を離れて、抽象的な存在を言う言葉なんだそうである。
 で、「勿体ない」とは、存在の価値が十分発揮されていないと言うことで、、低い評価に置かれている人や物を惜しみその存在を感謝する意味や、かけられた言葉に対し、過分な評価であると謙遜して感謝する言葉として、使われるようになった。

 それでは、ケチとは何か。ケチとは怪事(ケジ)の転で縁起の悪いことだそうである。「ケチがつく」というように使われたが、江戸時代以降、むやみに金や品物を惜しむことを卑しんで、江戸っ子が一言で「ケチ」と言うようになったらしい。(^^ゞ

 だから、物の本質を尊んで、感謝しながら丁寧に使えば、「モッタイナイ」。何でも金に換算して、自分の物欲に従えば、「ケチ」である。
 モッタイナイは物の使用価値だけではなく、感謝をこめて惜しむ点で、他国の同種の言葉にないニュアンスを持っているとして、国際的に評価されているらしい。


 と、勿体ぶって、些細なことに勿体を着けるのは、私の悪い癖である。(^o^)わははは・・
関連記事


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック