早くも秋ですねぇ。 のらりくらりの毎日ですが元気にがんばっております。(^^ゞ
グローバリズムという病
2014年11月07日 (金) | 編集 |
本の表紙 この本を図書館で借りて読んだ。ネットで見つけて申し込んでおいたのだが、ようやく順番が回って来たのである。(^^ゞ
 この数年経済についてみていると、気になるのが巨大なグローバル企業の動きである。私が学生の頃は、国家というものが絶対的な権威を持っていて、アメリカとかソ連という大国が世界を支配していると思っていた。ところがどうもこのところ違うのである。日本の総理大臣が、トランジスターのセールスマンなどとやゆされたのはその時代の話だが、最近はどこの国の首脳も企業の代表みたいになっている。しかもどこの国の首脳かわからないようなことをしている。自国のためと称して国内産業をどんどん海外移転させ、国内賃金の切り下げにつながる労働法制の見直しを進め、自国の通貨を切り下げて安売りする。
 かっての殖産興業富国強兵といった国家を富み太らせる政策とは真逆な立場なのだ。(^o^)わははは…
 これはどうもおかしい。巨大で国際化された企業が国家を買収して、国家を超えた存在になっているのではないか。そんな考えが湧いてきて、そういうテーマの本に目がいくようになってきた。(^^ゞ

 著者は経済の専門家ではなくて、IT企業の関係者である。そしてこの本は専門書ではなく、ネット上に連載されたエッセイ集である。したがって、経済学的な一貫した論理展開があるわけではなく、自分のかかわった世界を通じて得た直観的な世界観の記録であると思う。本書の疑問は最近の「グローバル○○」っておかしくないか、というところから始まる。あれこれ「日本て変だよネ」を考えた末。後半に私の望む話に移る。

 興味深かったのは、近代的な国家と株式会社が、相前後してうまれ、国家が成熟していくのに対し、株式会社は常に成長を必要とするという分析である。そして成長のためには国内外に貧しい未開拓のフロンティアを必要とするという考えてある。
 結論としては、「富裕層とかれらが支配している多国籍企業が(国民主権の)国家に挑戦するという、歴史上類例のない。構図を生み出した。」というのが、著者の見解のようである。

 著者は企業の存在が悪いと言っている訳ではなく、我々は常に何かしらの病気を持っているのが当然であって、病気と付き合いながら健康を保っていくのが、本来の姿なのだと言っている。
 私が想像するに、もしかすると少年時代にあちこちらで見かけた空想的な「世界連邦」構想の実現は、このグローバル企業によって、逆に生み出される新機構なのかもしれない。(^o^)わははは…

 ともかく、いろいろ参考になりました。瓢鯰亭頓首 m(_~_)m
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