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鎖国はアジアの平和のための政策だった
2015年02月05日 (木) | 編集 |
 今の日本は、列強による植民地分捕り合戦に参戦した明治政府の歴史観に基づいて、歴史を見ているので、江戸時代は頑迷な鎖国で国際的に取り残された時代と思っているのだが、実はそうではない。
 徳川家康が天下を取った時、国内的な天下泰平と同じく、国際的にも平和を築こうとした。ところがその前の秀吉政権は、中国へ向けて、朝鮮半島へ侵略していたのだから簡単には信用してもらえない。それに倭寇と称する国際的な海賊が近隣諸国を荒らしまわっていた。
 家康が調べてみると、当時の中国や朝鮮の王朝は自国民の海外進出を禁止し、正式に臣下として朝貢してきた所だけと貿易を許可していた。それは自国民が海外で無用なトラブルを起こして、外交的な支障になることを防ぐためであった。
 家康も、これに倣って、自国民の海外渡航を禁止し、貿易を特定の港で特定の国とだけに絞ったのである。これは当時鎖国とは考えていなかった。文化的な国家の当然の対外政策であったのである。
 「鎖国」となったのは幕末に、欧米列強が相次いで来航し、開国か攘夷かで国論が分裂するようになって、これまでの政策を「鎖国」と称するようになったのだと思われる。
 だから、鎖国はアジアの平和のための国際的な取り決めだったのだ。このアジアの平和は、欧米の軍事力の前に屈服するまで続いた。

(以下蛇足)
 いま、世界はグローバル資本主義が闊歩して、あらゆるところで無用なトラブルを起こしている。これは「資本の黒船」だ。
 なぜ「イスラム国」なんてものができてしまったのか、よく考えなくてはならない。
 国内も第三の黒船などと言われるTPPで、国内産業の危機と言われている。はたして、バスに乗り遅れるなとばかり、世間に合わせて、走り出してよいのだろうか。本当に大切なことは何か考えてみるべきだろう。
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