富者の国際主義化と貧者の民族主義化

 人間も六十を超えてくると、眼前の事だけではなく、過去を振り返って、「思えば遠くへ来たもんだ♪~」と思うようになる。(^^ゞ 短い人生ながら思わぬ事件には遭遇したし、社会や経済も進歩した。そこで思うのは今後はどうなるのである。
 少なくとも現状のままという事はない。(^o^)わははは…、良きにつけ悪しきにつけ歴史は止まらないのである。
 人間社会の進歩と言うのは、基本的には経済の仕組みに依存している。頭で考えたことより、現実の生産活動の方に決定力がある。人間の出来ることはこの仕組みをコントロールする事だけである。
 歴史を振り返れば、支配者の交代も戦争も、生産活動がより適正化するために引き起こされた軋轢であると思う。
 しからば、この後はどうなるのか、第三次世界大戦はあるのか、資本主義の終焉はあるのか、いろいろ気になる。まあ、生きているうちに結論は見れないのは確かだ(^o^)わははは… 

 最近の本を読んだ結果では、現在進行形なのは、表題に掲げた2点であり、ここに歴史のベクトルがあると思い始めた。(^^ゞ

 最近のアップルやグーグルといつたグローバル企業の内部では、多国籍化が進行している。生産活動を世界中の好立地・高効率の場所に配置し、外部企業を利用して、世界中で事業展開を行うには、現地の優秀な人材をそこに留まらせず、本社に吸い上げてしまうことが、支配上不可欠である。こういう世界企業は人類の最高知の集積体になっているのだ。

 一方、こういう世界企業に富を吸い上げられている諸国では、社会格差が拡大している。先進国の労働者は開発途上国の労働者と競争を強いられ、開発途上国では、世界企業の必要とする部分だけが、彼らにつまみ食いされて国家の富が、そこに使われる。
 結果として、どの国でも貧しい者の不満が鬱積し、異国への憎悪感が増す。そして排他的劣等感の裏返しに現れるのが、国粋的民族主義だ。
 日本での右翼的潮流や「イスラム国」などの原理主義の台頭はここに原因がある。

 さて、20世紀は資本主義が国家単位で競争したが、21世紀は国家枠を超えて、企業が世界企業として、国家を超えた存在となりつつある。資本主義はその仕組み上、生産物を買ってくれる市場経済を国内外に必要とするが、先進国の内部ではもう発展の余地がなく、いずれの国家も低成長、ゼロ金利の世界に入ってきた。資本主義の死活問題である。
 世界に市場を持つアメリカと、余地のある発展途上国では、まだしばらくは経済発展が可能だが、すでに地球は一つとなり世界はこれ以上広がらないのだから、資本主義を原動力とした経済発展のシステムは行き詰まりを迎えるのではないか。そうなると、新たな段階への試行錯誤が始まるのではなかろうか。

 20世紀なら国家資本主義同士の対立で、二度の世界大戦が発生した経済情勢に近づきつつあるが、21世紀は世界企業の支配下だから、彼らにとって損失となる第三次世界大戦は起こらないだろう。その代り群発性の異議申し立て戦争が避けられない。国家としてのアメリカが治安維持を負担し、日本にも分担が要求される。日本国民がお人好しなら、この戦争に駆り出されることになるのだろう。安倍首相は日本国家のためと思っているのだろうが、結局は不満の鎮圧部隊として、日本が使われる羽目になる。嫌だ嫌だ、若者よ気を付けろ。老人の財産保全のために戦争には行くなよ。(^^ゞ
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